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悩みは尽きないワールド・カップ

今日は電話で、K夫人から『猫屋のブログは哲学系じゃなかったの?サッカーばっかり。 .....続きを読む
2006.06.20[Tue]  発信元:ね式(世界の読み方)ブログ  

ネグリ - リベラシオン紙でラ・スクアドラを熱く語る。

ワールド・カップ企画なのだろうが、リベラシオン紙にネグリがカルチョについて熱く語っている記事(対談)が載っていたので、経歴紹介の箇所を省略して訳してみた。本人はACミラノのファンで、奥さんはインテルのファンだとか、イタリアのゾーン・システム--カテナッチオはイタリア特有の土地から生まれたものだとか、なぜセリエAには因縁の対決が多いのかなどを、上機嫌で話している。ところどころ、質問とはまったく違うことを話してる部分やこじつけっぽい部分が大いにあるが、サッカー好きの話は大概にしてこうなるということは、老哲学者にとっても例外ではないということのようである。


Mondial 2006. Entretien
En Italie, le catenaccio, c'était la lutte des classes>  *リンク切れの時はここ
Antonio Negri, théoricien de l'extrême gauche italienne, le philosophe de 72 ans est aussi fin connaisseur du ballon rond et supporteur du Milan AC. Son credo : vive la révolution et la Squadra Azzurra!

Par Renaud DELY et Rico RIZZITELLI mardi 06 juin 2006 *
マルクス主義哲学者であり、急進性や反グローバリゼイションについての思想家でもあるあなたが、どういうわけでシルヴィオ・ベルルスコニー所有のACミランのサポーターなんてやっているのですか?

Negri -- 別に、化けの皮を剥いでるわけではないですよ!ただ自分が好きなものの虜になっているだけなのですよ!まあ、自分の妻が売春してても、好きであることには変わりないというようなものです!かつて、右の人間と左の人間同士が、インテルで接点を保っていたとか、ACミランで連帯していたことがあります。そういったことは、政治的アンガージュマンとの関連でも同じでした。現在では、ごった煮状態ということはなくなってしまいました。ある特定のサッカークラブの経済機構について、あまり真面目に考える必要はありません。私がACミラノが好きなのも、父や自分の子供たちが所属していたクラブだからです。私はブリガード・ルージュならぬ、ブリガード・ロッソネレ(ACミラノの伝説的ファンクラブ)の創設に参加したのですが、60年代の話です。われわれ左の支持者らは、サッカー場の南側CURVA--ゴール裏に陣取ってました。私には3人の子供がいますが、全員<ミラノファン>です。娘はインテルファンと結婚したのですが、それは大変でした(笑)。彼らが離婚した時は、うれしかったですよ。でも、サッカーはたんなるゲームでしかないのですが・・・

ベルルスコニーにとってACミラノを所有することは、ゲームの支配下にあるのでしょうか?

N--まあ、一部においてはそうです。彼は当然、自らの政治力を強化するためにクラブを利用しています。しかしながら、スポーツに対するシンパシーと支持を政治へとスライドさせていくことは難しいことです。そこにはひとつの境界線が引かれています。ベルルスコニーは狂犬に他ならないのですが、両者を混同しないように、絶えず細心の注意を払っております。チームが負けることが政治にも不利に働くことを、よく心得ています。

でも政治というものが、スポーツ界にも存在しています。ミラノのサッカー場は、1938年のスクアドラのキャプテンでもあったファシスト、ジョゼッペ・メアッザと呼ばれてますけど・・・

N--いつの時代でもファシズムは様々なことをサッカーと共に演じてきました。チームの写真を見ればわかる通り、腕をかざしている写真ばかりですよね。国技なのですが、あるひとつの独裁でもあったわけです。イタリアのファシズムは明確な一契機とに結びついているのですが、つまりフォーディズムという、強弁に一般化された産業へと突入した契機です。

ラッチオ・ローマのディ・カニオ選手のように、観客席に向けてファシスト敬礼をしているような選手はまだいますよね・・・

N--ま、ルペンと同じ、ラシズムと挑発ですよ。もちろん、<歴史的ファシズム>を擁護するきにはなりませんが・・・でもそれがイタリアの発展におけるある特定な状況と、一時的な通過地点とに密接な関係があったのです。いわば、スターリニズムがロシア社会のいくつかの変革とに即していたのと同じです。けれども、今日のスターリン主義しかりファシストの連中はバカモノです。ラッチオは極右と密接な関係をもつチームです。かつて副首相だったジャンフランコ・フィーニが、極右のパトロンです。一方、非常に共感を持てるチームなのですが、極左に密接な関係をもっているチームもあります。たとえば、リヴォルノのケースです。もし興味があるのでしたら、見に行ったほうがいいですよ。すごくユニークですから・・・ノスタルジックでもあり、ウルトラ左翼といったところですか。

フーリガン現象に関しても、政治がスポーツ界に蔓延っているように思えますが?

N--それは別にスポーツ界に特有の現象ではありません。ファシスト連中は、人々がポジティヴに行っていることに、何かにつけ転倒しようとしているのです。進歩主義者の連中が創造する諸々の社会関係に対して行うように、サッカーにおいても同じことをやるのです。ファシズムというものが、フーリガニズムの根底に横たわっていると思います。しかし、まずもって、都市暴力に密接な関係をもつ現象であるでしょう。例えばヘイゼルの悲劇は、まったく関係ないとこから生じました。サッカー場に落ちてきた隕石のようなものでした。おそらく、落下するのに好都合の場がサッカーだったということでしょうが、このことと原因を区別する必要があります。原因というものは外部に存在し、サッカーには罪がないかです。

欧州憲法条約に対する国民投票のさいに、条約が<国民-国家というくだらないものを破壊する>ということに寄与するという理由で、あなたはリベラシオン紙(2005年5月13日付)に<賛成>を訴えていました。一方、サッカー界においては、ナショナル・チームの選考について意義を唱えているG14側寄りですよね?

N--国民-国家の終焉について語るさいに、ローカルなものの終焉や、各種の情念については問題にしてません。ヨーロッパという空間が、アメリカ的なものと自由主義に対する勢力を構成するためには、非常に重要であるということです。最終的にポシャってしまいましたので、最悪の状態にいるわけです!いまでも考えは同じです。チャべスの友でありますが、国家というものには反対します。私は親ヨーロッパ派でありますが、ラ・スクアドラのファンです!<サッカー万歳!><マラドーナ万歳!>(笑)でも、もしブリュッセルがヨーロッパチームを形成するのに役員を一人任命するというなら、賛成致しかねます。でもカッペロがなるなら・・・

政治とサッカーの政蹴分離は、フランスでは非常にデリケートな問題ですが・・・

N--矛盾は受け入れますし、私はそれを管理するエンジニアーです。

どうやってですか?

N--革命を起こすのが好きですし、サッカー観戦も好きです!エネルギーがあるなら、至る所でそれを発散することができます。政治とサッカーという二つの世界を区別するような人を、未だに理解に苦しんでいます。イタリアでも、同様の論証をしてきた集団はありました。でもそれは、極度なピュリスト的概念をもっているカトリックの連中です。それにしても、イタリアやイギリスの知識人らがスポーツについて普通に話し、フランスの知識人らが長いあいだ躊躇してきたのでしょうか?原因は、フランスの知識人が、隠居生活している変わり者だからですよ!普遍的なものに包まれている彼らは、諸々のシステムを構築することに秀で、長けております。しかしわれわれは、もっと具体的で生き生きとした、生-政治的な現実のなかで生を営んでいるのです。スポーツは諸々の社会関係と、初期的ではなくリアルなものの現象学的初期な環境設定である様々なレベルにおける諸情念との、物質的存立を持ち上げるために非常に重要なものであります。おっと、隠語を使って、すみませんでした・・・

サッカーが地球規模のスポーツになった理由については、どのようにお考えですか?

N--単調なスポーツでもありますが、人々に話をさせるという点が大きな財産です。それは、シネマ、演劇、オペラにも匹敵します。また、オペラで味わえるのと同じようなメロドラマ的感情があります。根源的役割を果たす監督というひとりの人物像。私のサッカー熱は、この人物像から生まれました。私は以前にものすごいアヴァンチュールの経験があります。(sic:原文のまま)それは、イタリア流カルナッチオを発明したネレオ・ロッコです。50年代末に、彼はトリエスティーナとパドヴァで指揮をとっていました。そこでのチームが大して強くなかったので、もっとも退屈ですが固くもあり攻撃的なイタリア式ディフェンスシステムを発明したのです。後にそれをミラノに適用したのです。社会・進歩主義系ジオルノ紙ジャンニ・ブレラ記者が60年代に、このシステムに見れるようないくつかの国民的性格を理論家しています。

サッカーの大ファンであるピリップ・セガン(仏の保守派UMP議員)は、70年代にカテナッチオ(が、もっとも反動的なゲームシステムだったということを言っていた、ミロワー・デュ・フットボール誌のマルクス主義者記者に同意していたと言ってますが。どう思いますか?

N--彼のような保守派の反動的人間に、カテナッチオについて悪口を言わせとくわけにはいきません!(笑)ジャンイ・ブレラによると、カテナッチオは、イタリア人の性格--田舎風に土着している頑健な性格と結びついているとのことです。カルナッチオは、ラグビーに相当するものを、サッカーに取り入れたものです。それは階級闘争であり、つまりは弱かったので、自己防衛する必要があったということです。これは、セガンが言っていることとはまったく反対です。カテナッチオは、50年代に移住民のために土地から去ることを余儀なくされた人々の土地べネティで生まれました。食べるものが何もなかったからです。ベルギー、スイス、ライン河の方向へと、石工あるいはアイス売りとして赴いた民族大移動でした。カテナッチオは、お腹を空かせたこの北部地方の、強いられた厳しい自然とに対応しているのです。

60-70年代にパドヴァ大学で教鞭をとっていたころ、ラ・スクアドラのサポーターでしたか?

N--82年(のワールドカップ)でイタリア・チームが優勝したときにはファンでしたよ。私は刑務所に入っていたのですがね。その日だけは、看守人らに抱きついてキスし合いましたよ。15人ほどの囚人が同じ小部屋に集められ、一緒に試合を見ることが許されたのです。試合の終了後、そこから出て、みんなが看守人らとキスし合ったのですよ。なんだか変な話です!(笑)社会のなかでのサッカーの機能は、その他のものと比べてもまったく異なるロジックがあります。それでも、サッカーが諸々の社会関係のうちで人をかつぐ要素があるというと考えることは大変危険であります。極限では、勝利がもたらす喜びというものがあるのですが。。。別に伝染するものでもなく、試合そのものがというわけでないのですが。イタリアでは1948年に、あるスポーツ・イヴェントが、国家的なレトリックの引き金となったのですが、ツール・ド・フランスでのバルタリの勝利です。市民戦争によって脅かされ、伊共産党リーダー・トグキアッティが、政治的テロによって負傷したことで、市民戦争が恐れられていた時期です。当時の共和国大統領は、バルタリに勝つようにと電話したのです。共産党リーダーに対するファシストのテロで国内が、極度に緊迫した闘争的環境にあったことに対して、この勝利が国民統制要素を高めることをしたのです。

1982年のような勝利は、外人に対する国民の士気を高めることができますか。

N--そうは思いません。一国の歴史のうちで、スポーツの力ですらどうすることもできないような劇的な契機というものは数多くあります。しかしながら、そういうことはまったくの例外です。サッカーは全然ナショナリストではないです。イタリアのクラブチームで自国の選手がどれくらい所属しているかを見てみると、大していませんよね。フランスのクラブチームはというと、自国の選手が多いですよね。

それはお金の力が国家を打破しているからです。ボスマン法の行く末をどう見てますか?当初は、システムによって粉砕された一人の選手に対する、<同業者の既得権>が問題だったですよね。

N--市場の自由化を規定する<組合>法です!それは国内市場緩和、つまり現実にはヨーロッパのですが、世界市場構築というものです。こういった資本主義状況と均衡を保つ唯一の策は、大衆持ち株会社というものを作ることです。公的権力を通して、この領域でのオルターナティヴな可能性を支持するべきであり、換言すると、革命的オルターナティヴがあるということです。つまり、資本主義を破壊するか、人民投資会社を構築するかのいずれかです!

イタリアで活躍するフランス人プレイヤーが、練習中における戦略の重要性にまごついていると聞きますが・・・

N--それはイタリア人が<マキャベリック>だからですよ。(SIC:原文のまま)マキャベリズムは、自分の手中にあるもので行動するということです。戦略上のこの主張に当惑しているのは、フランス人選手だけですよ。フランス人は未だかつて<マキャベリック>だったためしがありません。常に、国家根拠の理論家であったわけですが、まったく異なることです。一方、イタリア人がもう少し反省するなら、もっと勝てると思います。結果に番狂わせはないと思いますが、ブラジルではないでしょう・・・フランスが勝つようになったのはごく最近のことですが、イタリアは、ちょっとマラドーナの手と似ている、ピオラの手で30年代には、すでに勝利を収めていました。

イタリアのスポーツ史は、どうして因縁の対決が多いのですか?ACミラノ対インテル、ローマ対ラッチオ、コッピ対バルタリ、モセル対サロニとか。

N--イタリア統合は、136年の歴史(1870年)しかありません。イタリアの歴史は、都市の歴史なのです。ピサに対峙するフローレンス、ヴェニスとミラノ、ローマとナポリなど。イタリア語は、30年代のファシスト下で、ラジオを通して構築されたのです。それまではヴァル・ダオストの人間とシチリア人を、同一体制下に置くことはできませんでした。彼らに進めと言っても、後退する者もいたのですよ!国の歴史というものは最近のもので、都市の歴史のほうが古いのです。それは階級史です。

奥様はインターのファンで、<負けてばっかりというところが凄いんだ>などとインテルについて言ってます。1954年ハンガリーの、伝説的敗北のようなものですか?

N--ちょっと説明が必要ですね。彼女はイタリアでの生活が長いフランス人で、私と付き合う前に、インテル・ファンの恋人がいたのですよ。彼女は、ある種のネラッズーリに対するノスタルジーを創ってます。インテルは、人々がアウトサイドよりもインサイド・フォワードを考えている、極端な<思想家>チームのイメージを持っています。ハンガリーは、<ドナウ川>サッカーの偉大なチームで、固まってやるよりもラインシステムでやる非常に繊細なスタイルのチームです。偉大なイタリアサッカーは、<ドナウ川>サッカーとアルゼンチンサッカーという、二つの綜合というわけです。ラインのドナウ式と、個人芸のアルゼンチンです。そこから、ベレラ記者が<イタリアの田舎民族>と呼んだものが出てきたのです。これら三つの要素を並べてみる必要があるのですが、つまり、イタリアサッカーの総力という、完璧な弁証法的綜合があるということです。

ミラノのサッカー場にはまだ足を運んでいますか?

N--いいえ、もう行ってません。パリにいるときには、友達の家で試合を観戦してます。元亡命者のグループで火曜か水曜日に会います。グループにはパリの大レストランの支配人である、料理人もいます。よく食べて、サッカー観戦しています。ミラノ・ファンもいれば、ユベントスのファンもいますので、口論にもなります。ある種のイタリア製古典大コメディーを、つねにやってますよ。

フランス・サッカーについて、何か一言・・・

N--1954-1955年にかけ、私は一年間フランスのノルマル・シュップで過ごしましたが、その時代にフランスでサッカーが存在することすら想像してませんでした。ここに、植民地主義によるひとつの遺産があります。こう言うからといって、ルペン主義だと言わないで下さいね!白人以外のプレーヤーをフランスから追い出そうなんて思ってもいませんが、フランスでサッカーが生まれたのは、イタリア移民によるものなのです。
フランスは、西側のヨーロッパ諸国のなかで、ナショナル・チームでほぼすべての移民層がプレーしている唯一の国です。イギリスでの最初の黒人プレーヤーが、ナショナル・チームに召喚されるには、1978年まで待つ必要がありました!
ということで、フランスの統合に乾杯!



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