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フランスのサイコドラマ的状況

Le psychodrame français

Par Alain DUHAMEL mercredi 22 mars 2006 libération
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著名な仏ジャーナリスト・エッセイスト。ル・モンド紙(63年~)、リベラシオン紙(92年~)の論説委員。仏国営TV・ラジオの政治討論番組での司会も務める。
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フランス人は自分らの社会発展を嫌がるということを、CPEに対する戦闘はまたしても証明することになったのである。ここ30年間における失業の量産、社会向上の停滞、移民統合による疲労困憊、治安の悪化・不安の増大、深刻な財政赤字が示すように、自慢の社会モデルが失敗しているか、おそらくは袋小路にあるのだが、それをフランス人は認めないのだ。あらゆる調査で証明されているのだが、フランス人は、自らの未来に対してヨーロッパ随一の心配性かつペシミストな市民ということである。彼らは変革の必然性も自覚してはいる。グローバル化の躍進、中国あるいはインドの出現、新たな競争という抵抗し難い諸形式に対して異議を唱えている。他のヨーロッパ諸国が、強いられた市場に適応していることも観察済みである。ただ一握りの者たちだけが、国家的後退と三色旗内への引きこもり妄想を信じているのである。なぜに1/4の雇用者が輸出入で生計を立てていることや、フランスがヨーロッパ大陸において、最も外資を受け入れてる国であるということに対して無知でいられるのか?フランス的サイコドラマというのは、各々は変貌の緊急性を認めつつも、大多数はそういった変貌に怖れをなしているということである。

フランス人はその大半が、自由主義的解決策を望んではいない。他のヨーロッパ市民以上に、どこにでも口を挟むが効力の失せた国家の力に、彼らはこだわっているのである。どんなに原始的な地方分離化でさえ警戒するし、ジャコバン主義が幅を利かせたままであり、公共事業に対する愛着、試用と差異化に対するアレルギー、子供たちが公務員となることや、臨床医としての国家が社会の病を癒すということを夢想しているというわけである。一般化することはできないだろう。フランス全体が、同業組合者でも保守主義者というわけでも、諸々の地位・競争・規範・規則の熱烈な支持者というわけでもない。改革に向けて立ち上がるフランスと苦悩するフランス、新しいことを試みようとし自らを切開くフランスと自己保護し不安がるフランスがあるというわけだ。しかしながら20年以上も前から、自己防御するフランスが攻勢的フランスに対し勝利を収めていたのである。ヨーロッパ諸国のどこよりも強力かつ頻繁に続いた社会の大衝突のすべては、ある者にとっての私立校、またある者にとってのライシテ、医療保険あるいは年金というような、既定の諸状況に寄りかかっているわけである。フランス人は、これほどまでの逆行をつくっている諸改革を望んではいない。自分らのモデルがぐらつき、末期状態に突入しているのをしっかりと見とってはいるものの、数々の不安定性にさらなる不安定性を付与することには断固として拒絶しているのである。時間稼ぎを試み、自分らにあと少しだけ時間をくださいと嘆願する死刑執行人として自由主義を見なしているというわけである。

したがって少しもCPEの闘争が68年5月に類似しているところはない。38年前、ユートピアはひとつの希望として、ひとつの考案として実践されていた。今日ではあらゆるデモ・スト・占拠というものが、抵抗行為とはまったく反するものになっている。1968年には、大勢の者はひとつの煌く未来を夢みていたのだが、2006年では、大半が今よりも一層暗い未来に恐れおののいている。不安は夢想に取って代わり、「舗石の下には壮大な大地」には「舗石の下には地獄」が継いだというわけである。左だろうが右だろうが、恒久的な変革は何も行わなかった。81年と偉大な政権交代以来、任期切れの議会多数派のすべて、つまりすべての現行政府は一様に敗北に帰した。フランスは変革に対して抗議し、遅かれ早かれ、時を刻む大時計を止めることに失敗するすべての首相を罰することになる。新しい世界に対してこれほどまでに頑なになり抗戦する市民は、他のヨーロッパでも類を見ない。

こういったフランス的例外は、市民と権力、支配する側とされる側、指導する者とされる者とのあいだで、第五共和制が急速的に備えつけた伝達不能性によって大部分のことは説明される。大統領の発言、政府の教育法、本質的な政治議論、つまりより多くの集団計画・国家構想・勢力方針・政治的展望がすたれてしまったのである。フランスは、目的に向ってまっすぐ前進する代わりにジグザグ進行するのである。集会・制御・反-権力(des assemblées, des contrôles et des contre-pouvoirs)を犠牲にして、第五共和制は行政権を強化した。国家・政府・地方・県・市のヒエラルキーに見られるこの上から下への図式は、常に行政権のヘゲモニーと制御装置の消去というものである。説明・交渉・妥協・同意・社会のディアローグは消えうせてしまった。ドミニク・ドゥ・ヴィルパンは、こういった意味での精髄、ポスト君主制的独り言-自分の言うことが聞きたい-の帰結である。ひとつの脅威として間近に迫った変革に対する拒絶の固執によってフランスが他のヨーロッパ諸国から分化するのも、この場合、ただフランスのみが、議論などは決して起こらなかったという理由からである。右派は毅然と自由主義政策を遂行するのではあるが、こっそりと伝統的フランスの社会モデルへの愛着を表明し(シラク・ヴィルパン)、社会的格差を告発し(シラク)、経済愛国主義の諸徳を肯定しつつ(ヴィルパン)、端的に言うと、ひとつの方針に添って語りつつもそれとは別の方針でもって行動し、説明とディアローグよりも二重人格を選択しつつ、政策を遂行するのである。

左派がましだというわけではない。分裂あるいは最悪、激変というものを再認せざるを得ないことを恐れて、決して議論の核心へと向うことをせず、拒絶の前線と恥ずべき社会-民主主義とのあいだで揺れ動いているのである。(セゴレーン・ロワイヤルを除いて)ひとはブレアー主義を拒否しているのであるが、いったい誰が実際に、社会的公正と経済的効果、競争力と連帯性を調停する唯一満足できるモデル-いわゆるスカンジナヴィア的モデルの仕事に取り組み、要求し、ましてや移行させようと試みたのであろうか?
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2006.03.26[Sun] Post 08:45  CO:0  TB:0  リベラシオン  Top▲  このエントリーを含むはてなブックマーク 

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