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おお、またしても猫屋がfenestraeさんとこでなんたらかんたらよくわかんないこと書いてる間にchaosmos氏は長文訳出、、。まいりやした。
2006.01.18[Wed]  投稿者:猫屋  編集  Top▲

猫屋さんが度々紹介されている、歴史と記憶について書かれたle temps modernes誌編集長クロード・ランツマンの論説が、先日リベに載っていました。同誌の最新号で、バディウの新刊本が(とはいっても、ユダヤ問題について以前書かれたもの選集に未刊の序をつけたものなんですが)、Jean-Claude MilnerとEric Martyによって批判されているようです。http://www.liberation.fr/page.php?Article=350126#
2006.01.19[Thu]  投稿者:chaosmos  編集  Top▲

あ、この記事読んでみます。たしかランズマン、一時シモーヌ・ド・ボーボワールの恋人だったって記憶があります。でも何時のまにかシオニストになっちゃった。フランスではほぼタブーなんで表立っては見えてこないけれど、ユ系知識人・ジャーナリストのシフトは怖い。エンタメ界もだけど。やな風情ではあります。
2006.01.19[Thu]  投稿者:猫屋  編集  Top▲

こちらにもお邪魔します。
Jean-Claude MilnerはランシエールがLa Haine de la democratieで「憎悪」を発している者として触れているneo-reacですね。 Eric Martyはランズマンと組んで、「ジャン・ジュネは反ユダヤ主義」と主張して憚らない人です。
バディウは件の新刊の中、「ハアレツ」紙との対談で、いまそこにいるパレスチナ人との関係を思考するには「ホロコーストを忘れる必要があるのです」と述べています。これはいくら「ハアレツ」といえども容認はできないでしょう。しかしこの発言がイスラエルでなされたことを考えると、安全地帯からいいたい放題のことをいっているシオニスト知識人とは大きくちがいますね。
2006.01.19[Thu]  投稿者:骰子一擲  編集  Top▲

猫屋さん、骰子一擲さん。
ネオレアックらの記事も、シオニストらの記事も一応目を通すようにしてる今日この頃です。
バディウの発言について>ホロコーストを、ユダヤ・パレスチナ問題を考えるためのカテゴリーとして引きあいにだすことへの批判は、ハアレツ紙との対談以外でも繰り返されていますよね(歴史の問題として)。デリケートな問題なので、コメント欄でなく、l'éthiqueなど読み直し、後日、バディウ発言についてまとめてみようかと思っています。
2006.01.21[Sat]  投稿者:chaosmos  編集  Top▲

ようやくTM誌入手。あいかわらずマルティはそのくだらなさに比べ文章がぐでぐでと長し。以前Bref sejour...を読んだときもそうだったのですが、健康上よろしくなさそうなので、chaosmosさんの分析を楽しみにしています(無責任)。
2006.01.25[Wed]  投稿者:骰子一擲  編集  Top▲

骰子一擲 さん。TM誌のマルティのバディウの書に対する反駁文、ざっと目を通しました。バディウが犠牲者的イデオロギーと呼んでいるもののが、彼の思考のなかで、なぜ否認されているのかを捉えない限り、時にショックを与えだろう彼の発言の意味がまったくナンセンスなものになると思いました。(このことは、別にユダヤ問題に関して以外についても同様です。)これについては、バディウの用語法が比較的簡単に理解できると思われる(とはいっても難しいのですが)「倫理」で十分に展開されていると思いますし、今回のユダヤ問題についての選集にも10ページほど抜粋されていますよね。自分にとってはとりあえず、「倫理」で書かれていることが重要であると感じているのですが、マルティにとっては、さほど重要でないのか、それとも意図的に無視しているのかは知りませんが、それについてはあまり触れることなく、バディウの歴史的事実に対する無知と検証しないことの怠慢さから来るとされる発言がよほど頭に来てることしか伝わってこないです。
ユダヤ-パレスチナ問題に関して、歴史的事実など細かな分析をする技量はないし、まったく武装もしていないので、戦場に入っていくことは自分には無理ですが、「倫理」で展開されている要旨はまとめられるかなと思っております。
2006.01.26[Thu]  投稿者:chaosmos  編集  Top▲

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現代フランス哲学の展望 / A・バディウ

Panorama de la philosophie francaise contemporaine
Conférence à la Bibliothèque Nationale. (Buenos Aires, le 1er juin 2004.)
par Alain Badiou
Mise en ligne le dimanche 24 octobre 2004

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プエノス・アイレスの国立図書館で行われたというこの講演を、fenestraeさんのジジェク記事のコメント欄で見つけたので読んでみた。

バディウは、戦後のフランスで生起した哲学的契機は、ギリシャ哲学とドイツ観念論という過去の偉大な哲学的契機と比較しうる、哲学史上の出来事であったと述べている。現代フランスのこの哲学的契機は、サルトルの「存在と無」に始まって、ドゥルーズ=ガタリの「哲学とは何か?」で幕を閉じると言い、自らも最後の代表者としてそこに属したなどと言う、氏の戦略的意図がどこにあるのかは知らない。

いずれにせよ、この期間、哲学史上の遺産のみならず、文学を始めとする芸術一般、精神分析学など他の精神活動との対話を繰返しながら、哲学は非常に生産的で創造的な時を駆けぬいたという評価に対して、反対する者は少ないかと思われる。また、第一次大戦前夜に、ベルクソンとブランシュビック*の対立で準備された、生の哲学と概念の哲学という二つの流れが周期的に交差する点で、つねに問題となっていたのは主体の問題であるということは、確かにそう思う。

哲学の根本問題は、今も昔も、主体の問題であるとのこと。自由について、正義についてなど、哲学が扱う諸問題は、主体の問題(現在ならば主体性の問題と言える)にすべて折り込まれているというわけである。

「主体の死」などと言われたのもこの時期であるが、ニーチェが「神の死」について語るように、どんな主体が?どのような死にかたをしたのか?そしてもしそれが自然死でないなら、誰が殺したのか?何のために?などと問いてみる必要があるということである。これらもまた、主体の問題なのである。

訳について。バディウが<存在>l'êtreという言葉を用いるときには、強い意味が込められていると思われるので、l'existanceは実在とした。le particulier=特殊なもの。le singulier=特異なものとしておきました。講演形式なので、やたら長い文書があるが、読みづらいのを承知の上、いちいち切らずにそのままにしておきました。仏語読める方は簡単な文書なので、原文読まれた方がいいです。

*ブランシュビックの「数理哲学の諸段階」について何も知らなかったので検索してみたら、ここからDLできるみたいです。但し500ページ以上ある大著です。

---------*
現代フランス哲学の展望

フランス哲学についていくつか気づく点を、もっとも普遍的なものは、同時に、もっとも特殊なものであるあるという、ひとつのパラドックスから始めることで紹介してみたいと思います。これはヘーゲルが具体的普遍と呼ぶところのもので、万人に対して存在する絶対的に普遍的なことと、特殊な場所と契機とを同時に持ち合わせるものとの総合ということです。哲学はひとつの好例ということになりますが、ご存知の通り、哲学はまさしく普遍的なものであって、哲学は例外なしに万人に対して語っているのですが、哲学のうちには国民的・文化的な、著しく堅固な特殊性が存在しております。空間と時間のなかには、私が哲学の諸契機と呼ぶようなものがあります。したがって哲学は、理性の普遍的野望であり、かつ完全に特異な諸契機によって自らの存在を現しているということです。二つの例、特に強度であり、またよく知られてもいる、二つの哲学的契機を挙げてみることにしましょう。まず最初は、パルメニデスからアリストテレス、紀元前5世紀から紀元前3世紀に至るまでの古代ギリシャ哲学の契機、創造的・創設的・例外的で、最終的に時間においては非常に短期間であった哲学的契機。次にもうひとつの例ですが、カントとヘーゲルのあいだで、フェヒテとシェリングを伴う、さらなる例外的な哲学的契機、18世紀末から19世紀初頭にかけての、強度な創造的契機、ここでも時間的には短期間である、ドイツ観念論の契機です。私は、つまり、歴史的かつ国民的テーゼを支持しようするのであり、私がどこに身を置くかに応じて、20世紀の後半にフランスの哲学的契機があった、もしくはあるのですが、先に例として挙げた、古代ギリシャ、ドイツ観念主義と、異なる点は別として比較しうる、この哲学的契機を紹介してみたいと思います。20世紀の後半世紀を、1943年に世に出たサルトルの主要作品、「存在と無」と、90年代初頭に日を定める、ドゥルーズの晩年の著作群、「哲学とは何か?」とに理解することにしましょう。サルトルとドゥルーズのあいだに、、バシュラール、メルロポンティ、レヴィ=ストロース、アルチューセール、フーコー、デリダ、ラカン、おそらく私自身の名を挙げることができます。私の特殊な立場は、もしフランスの哲学的契機があったとするなら、おそらく最後の代表であるということです。それは、私が現代フランス哲学と呼び、お話しようと思っている、サルトルの主要著作群とドゥルーズの晩年の著作群とのあいだに置かれた総体であります。私の見解では、この総体が、新たな・創造的・特異的であると同時に普遍的な哲学的契機を構築しています。問題は、この総体を同一化すること、1940年から今世紀末にいたるあいだ、フランスにおいて、哲学において何が起こったか?私が列挙した10人ほどの固有名を巡って何が起こったか?ひとが実存主義、構造主義そしてデコンストラクシオンと呼んだものは何か?この契機の歴史的かつ知的統一はあるのか?その統一はどういったものか?

今夜、みなさまとともに、提起しようと思う諸問題はこういったものです。私は四つの異なる仕方でそれらを提起することになるでしょう。起源の問題から出発すると、この契機はどこに由来するのか?その契機の過去はどんなものか?どういった誕生であるのか?また、私が言うこの契機に相応しい哲学的主要諸操作を言表することで、次にこれらすべての哲学者と文学との絆、さらに一般的に言うとこのシークエンスのうちでの哲学と文学との絆であるとする、まったく根本的問題が生起するでしょう。そして四番目には、この期間中に概して、哲学と精神分析とのあいだでの絶え間ない議論についてお話することになるでしょう。起源問題、諸操作の問題、文体と文学の問題、精神分析の問題、こういったものは、この現代フランス哲学の同一化を試みるための、私の諸手段であることでしょう。

さてまず最初は、起源について。この起源を思考するためには、フランス哲学の根源的分離、つまり全く異なる二つの流れの構築が行われる、20世紀初頭にまで遡る必要があります。いくつかの指標を与えると、1911年にベルクソンがオクスフォードで行った有名な二つのコンフェランス、「思考と運動」というタイトルでベルクソンの選集のうちで出版されたものと、1912年に、したがってほぼ同時に、「数理哲学の諸段階」というタイトルでブランシュビックが発表した書です。これら二つの哲学的介入は、第一次世界大戦前夜に起こりました。さてこれら二つの介入は、著しく異なる二つの方向の存在を示しております。ベルクソンの場合では、生の内在性の哲学と呼べるようなもの、いわば存在と変化、生と生成変化の哲学の同一性のテーゼを、われわれは持ち合わせております。この方向への指導は、世紀を通して、ドゥルーズに至るまで継続するでしょう。ブランシュビックの書のなかで、諸々の数学的なものに支点を置かれた概念の哲学、ある種の哲学的形式主義の蓋然性、思考あるいはサンボリックの哲学で、この方向への指導は、特に、レヴィ=ストロース、アルチューセール、あるいはラカンとともに、世紀を通して、継続することになりました。

われわれは、したがって今世紀の初頭、私がフランス哲学の分離された弁証法的フィギュールと呼ぶだろうものを持ち合わせているわけです。一方では生の哲学、他方では概念の哲学というものです。生と概念のこの問題は、私が語っている哲学的契機も含め、20世紀の後半世紀の問題として、フランス哲学の中心的問題に位置することになるでしょう。

生と概念についての議論に関して、全期間を組織化する主体の問題についての議論が最終的に存在しております。なぜでしょうか。それは人間主体が、生命体であると同時に概念創造者であるという理由からです。主体は二つの方向の共通部分であって、自らの生・自らの主体的生・動物的生・有機的生に関して、主体が問いかけられており、さらには自らの思考に関して、創造能力に関して、抽象化能力に関しても同様に、主体は問いかけられているのです。身体と観念・生と概念の関係は、フランス哲学の生成変化を組織化することになるでしょうし、またこの戦いは、一方ではベルクソン、他方ではブランシュビックとともに、今世紀初頭から現存しているのであります。つまりわれわれは、フランス哲学は、徐々に主体の問題を巡っての、ある種の戦場を構成することになるだろうと言うことができます。カントは哲学を、われわれは全員多かれ少なかれ疲れきってはいるが、そこにおける戦闘者であるところの戦場として最初に定義した人です。20世紀後半での哲学の中心的戦いは、主体の問題をめぐっての戦いでしょう。私は簡単に、いくつかの指標を挙げみることにします。アルチューセールは、歴史を主体なき過程として、また主体をイデオロジー的カテゴリーとして定義しています。デリダは、ハイデッガー解釈のなかで、主体を形而上学のカテゴリーとして見なしており、またラカン自身は、サルトルあるいはメルロ・ポンティのうちでは主体の中心的な場については何も語らないというわけで、主体の概念を創造しています。つまりフランス哲学的契機を定義する最初の仕方は、主体概念についての戦場について語ることになるのですが、それというのも、根源的問題は、そこに生と概念の関係の問題があるという理由からであって、この問題(生と概念)は、結局、主体の運命についての根源的問いに他なりません。

諸起源のこの点について、さらに遠くへ遡ることは可能でしょうし、結局そこにはデカルトの遺産がある、今世紀の後半フランス哲学はデカルトについての膨大な議論であると言うことが可能であることを、指摘しておきましょう。なぜならデカルトは、主体カテゴリーの哲学的発明家であり、フランス哲学の運命、さらにその分離さえも、デカルト的遺産に対する分離だからです。デカルトは、物体・動物-機械の理論家であると同時に、純粋反省の理論家でもあります。つまり、ある意味で、諸物の物理学(自然科学)と、主体の形而上学とに興味を示しているということです。デカルトのテキスト群を、すべての偉大な現代の哲学者らのうちに、ひとは見つけることになります。ラカンは、デカルトへ帰ることのスローガンを投じさえしましたし、デカルトにおける自由についてサルトルの見事な論文がありますし、ドゥルーズのデカルトに対する堅固な敵意があるのですが、結局のところ、まさにデカルトがあるだけ、20世紀の後半世紀のフランス哲学があるということになり、こういった哲学的戦いは、最終的にデカルトの賭けられたものと意義との哲学的戦いであるということをたんに示すことにあります。つまり諸起源がわれわれに、主体の問題をめぐる概念的戦いとして、哲学的契機の最初の定義を与えています。

私の第二段階では、これらすべての哲学者らに共通する知的操作を、同一化することでしょう。おそらく哲学をなす様式を示し、いわば方法論的諸操作である四つの操作を定義することにします。

第一の操作は、ドイツ的操作、あるいはドイツ哲学者らについてのフランス的操作です。事実、20世紀後半のフランス哲学全体は、実際にドイツの遺産についての議論でもあります。この議論は重要な契機であったのですが、例えばラカンが聴講し、レヴィ=ストロースに痕跡をとどめた、ヘーゲルに関する非常に重要であった、30年代に行われたコジェーヴのセミナーを挙げることができます。次ぎにフッサールとハイデッガーの読解を通して、30年代から40年代の若いフランス人哲学者らによる現象学の発見があります。例えばサルトルは、ベルリン滞在中にフッサールとハイデッガーのテクスト・作品群を読んださいに、完全に自らの展望を変更してしまいました。デリダ自身は、まずもってドイツ的思考のまさしくオリジナルな解釈者であります。さらには、フーコーにとっても、ドゥルーズにとっても同様に根源的哲学者である、ニーチェがいます。つまりフランス人は、ドイツのうちに、ヘーゲル、ニーチェ、フッサール、ハイデッガーのうちに、何かを探し求めに行ったのだと言うことができます。

フランス哲学がドイツに探しに行ったものは何か?ひとつのフレーズに要約すると、デコンストリュクシオン、実存主義、解釈学など、様々な名で理解された、概念と実存の新たな関係です。しかし、これらの名を通して、概念と実存との関係を変更を加え、またずらすことであるという、共通する研究を持ち合わせています。今世紀初頭からフランス哲学での問題のように、生と概念、思考の実存的置換、思考とその生の土壌との関係が、フランス哲学の生き生きした関心事でした。それは私がドイツ的操作と呼ぶものであり、概念と実存の関係を扱う新たな諸手段を、ドイツ哲学のなかに見出すということです。それは操作であるというのも、こういったドイツ哲学が、フランス語に翻訳されたなかで、フランス哲学の戦場内で、完全に新しいものに生成したという理由からでした。われわれはまったく特殊な操作を持ち合わせていたわけですが、言うなれば、ドイツ哲学のフランス的横領ということです。これが第一操作になります。

第二の操作は、同じ程度重要になりますが、科学に関係していました。20世紀の後半世紀のフランス哲学者らは、科学を認識哲学の厳格な領域から引離そうと試みており、哲学がたんに反省あるいは認識というのではなく、産出的活動としての、創造としての、単なる認識問題以上に広大で深淵であるということを示しながら、そのことを望んでおりました。フランス哲学者らは、諸現象の啓示や、それらの組織化のうちだけでなく、芸術活動と比較しうる思考活動、創造的活動の例として、科学を最終的に内接させるために、発明、変革モデルを科学のうちに見出そうとしてました。科学についての操作は、認識の領域から創造の領域へと科学をずらすこと、最終的に、芸術活動へと漸進的に科学を接近させることから成っています。この過程は、科学的創造と芸術的創造とを、非常に緻密で親密な仕方で比較するドゥルーズのうちに、帰結を見出しているのですが、こういった過程はフランス哲学の構築的操作のひとつとして、もっとも以前から手がけられているのです。

第三の操作は、政治的操作です。この時期の哲学者らは全員、政治問題のなかに、哲学を深く関与させることを望んでいたわけですが、サルトル、大戦後のポンティ、フーコー、アルチューセール、ドゥルーズは、政治活動家でありました。この政治活動を通して彼らは、概念と行動の新たな関係を探求してました。ドイツ人のなかに、概念と実存との新たな関係を探求していたのと同じように、概念と行動、特に集団行動の新たな関係を、政治のなかに探し求めていたわけです。

最後に四番目の操作についてですが、私はそれを近代的操作と呼ぶことにしましょう。つまり、哲学を近代化するということです。政府の行動(今日すべてが近代化されるべきです、すべてを破壊するとしばしば言われるように)を近代化することが今日頻繁に言われる以前に、フランス哲学者らのうちには、現代性に対する深淵なる欲望がありました。このことは、芸術的・文化的・社会的諸変革、さらには慣習の諸変革を細部に渡って追従するという意味でした。抽象絵画・新音楽・演劇・推理小説・ジャズ・シネマに対する、非常に強い哲学的関心がありました。近代世界におけるもっとも密度の高いものへと、哲学を接近させる意志がありました。性・新たな生活スタイルに対しても、非常に激しい関心がありました。これらすべてを通して哲学は、概念と諸形式-芸術的・社会的・生の諸形式-の運動の新たな関係を探していました、こういった近代化は哲学にとって、諸形式の創造へと自らが接近するひとつのある新たな形式の探求でありました。

フランスのこの哲学的契機は、つまり、ドイツ的創造の新たな横領、科学の創造的ヴィジョン、政治の急進性、芸術と生の新たな諸形式の探求でありました。そしてこれらすべてを通して、概念の新たな提起、概念の新たな配置、概念とその外部との関係-実在・思考・行動・運動との新たな関係-の移行が問題であったわけです。それは、20世紀におけるフランス哲学の一般的新しさであった、哲学的概念とこの概念の外部との新たな関係です。

諸形式の問題、諸形式の創造との哲学の親密性の探求は、非常に重要です。もちろんこのことが、哲学それ自体の形式問題を提起したわけで、新たな哲学的諸形式を発明せずには、概念をずらすことはできなかったというわけです。言うなれば、単に新たな諸概念を創造するだけでなく、哲学言語を変革しなければならなかったわけです。このことは、20世紀のフランス哲学の非常に顕著な特徴である、哲学と文学との特異な関係をも巻込みました。18世紀にひとが哲学者と呼んでいた者ら、われわれの文学の古典、いわばこの問題の祖先である、ヴォルテール、ルソーあるいはディドロが、すべて偉大な著述家であったということを想起することで、そのことはフランスの長い歴史とも言うことができます。フランスには、無論われわれの文学史のなかでもっとも偉大な著者のひとりで、確実にわれわれのもっとも深淵な思想家のひとりである、例えばパスカルのように、文学か哲学に属するのか判別不能であるような、完全な作家らがいます。

20世紀には、30-40年代のあいだ、すっかり古典的な外観を装っている哲学者、非・革命的哲学者のアラン、私がお話ししているこの契機には属さないしませんが、アランは、文学に非常に接近しています。彼にとってエクリチュールは本質的であり、小説についての多くの注釈書-バルザックについてのテクスト群は大変興味深いものです-を産出しましたし、またフランス現代詩の注釈書を産出するヴァレリーがいます。つまり、20世紀のフランス哲学の古典的諸形態のなかに至るまで、哲学と文学のこの非常に密接な絆を、ひとは確認しているわけです。シューレアリストらもまた、重要な役を担っておりました。彼らは、生の新たな諸形式を発明することを欲していました。このプログラムは、彼らのなかでは、詩(学)的プログラムでありますが、フランスにおける50-60年代の哲学的プログラムを準備することになりました。両者のあいだの絆を呼び戻してみたいと思います。ラカンあるいはレヴィ=ストロースは、シューレアリストらと交流を持っており、彼らを理解してました。この複雑な歴史のなかに、つまり、シューレアリストらが代表者であるところの、詩(学)的プロジェクトと哲学的プロジェクトの関係があります。一方、50-60年代からは、まさに哲学自身が、自らの文学的形式を発明すべきであり、哲学は、哲学的呈示・哲学的文体・自らが提唱する概念的移行のあいだで、直接的意味深長な絆を見出さねばなりません。われわれはここで、哲学的エクリチュールの思弁的変化に立ち会うことになります。ドゥルーズ・フーコー・ラカンのエクリチュールなど、われわれの中の多くの者が、このエクリチュールに慣れ親しんでいるのですが、どういった点でそれがこれまでの哲学的文体との、目覚しい断絶であるかを明確に思い描くのには苦労しています。これらすべての哲学者らは、固有な文体をもつこと、新たなエクリチュールを発明することを探求しており、著述家であることを望んでいました。ドゥルーズの作品に、あるいはフーコーの作品で、何か完全に新しいものを、みなさまは、文の運動のなかに見出しています。思考と文の運動との関係は、完全にオリジナルなものであります。みなさまは、まったく新しい肯定的リズム、目を瞠る発明的ある手法センスを手に入れてます。みなさまは、デリダの作品のなかに、言語に対する言語の複雑かつ忍従する関係を、言語そのものについての言語の作品を見出すことになり、言語についての言語の著作のなかを、思考が通り過ぎることになるわけです。ラカンのうちに、マラルメのシンタックスにのみ糾合している、眼を瞠るような複雑なサンタックスを、マラルメのシンタックスの直接的後継者、つまり即時的に詩(学)的なシンタックスを持ち合わせいています。

哲学と文学とのあいだの諸境界をずらすために、哲学的文体の変革と諸々の試みがあったわけです。サルトルもまた、新しさというものが私の場合でも同様に、小説家かつ劇作家であることを想起しておく必要があります。こういったフランス哲学の特殊性は、言語の数々の音域上で作用することであり、哲学と文学、あるいは哲学と演劇とのあいだの境界をずらすことであります。結局のところ、フランス哲学の目標のひとつは、新しいエクリチュールの場、文学と哲学とが分離不能になるだろう場を創造するということであったとも言えるのであり、専門としての哲学でも、正確には文学でもないような、哲学と文学を区別することができないようなひとつのエクリチュールであろうひとつの場、つまりもはや概念と生とが区別できないような場を創造することがあったと言えることでしょう。この発明、この新しいエクリチュールを通して、最終的には新しい主体を語ること、哲学における主体の新しいフィギュール、主体に関する新しい戦いを創造することが問題となります。それというのも新しい主体は、デカルトから直接的に由来する意識的な理性的主体ではなく、さらに専門的に言うと、それは反省的主体ではありえないということ、より曇っている何かであり、生・身体へとさらに密着した・意識的主体よりもさらに漠然とした主体・非常に多くの諸力がそのなかで収斂するある産出あるいは創造というような何かであるべきだという理由からです。こういった何かが主体という言葉を捉え、あるいはまた捉えないでいるということ、まさにここにおいて、フランス哲学は、語り・見出し・思考することを努力しているわけです。精神分析がひとりの対話者であるというのも、実のところ、フロイトの偉大な発見が、主体についての新しい命題であったという理由からです。フロイトが無意識の観念でもって導入したものは、正確に言って、主体の問題は意識以上に幅広い問題であったということ、その問題は意識を包括していたのだが、意識へと還元されなかったということであり、それが無意識という言葉の根本的意味であるのです。

その結果、フランス現代哲学すべては、精神分析との幅広い議論を始めたというわけです。20世紀後半のフランスにおけるこの議論は、非常に複雑な舞台であり、ひとはこのことについて延々と話題にするのことになるのですが、それというのも、哲学と精神分析のこの舞台(この劇場)は、それだけの力によって、真実を明かすようなものであるからです。実際に、そこに根本的に賭けられたものは、今世紀初頭以来の、フランス哲学の二つの大きな流れの分離です。

この分離について再度見てみることにしましょう。一方で、ベルクソンにその起源をもち、おそらくはサルトル・フーコー・ドゥルーズを横断する、私が実存的生命主義と呼ぶようなものが、他方で。ブランシュビックのうちに見出し、アルチューセール・ラカンを横断する、私が概念形式主義と呼ぶようなものを持ち合わせています。実存的生命主義と概念形式主義の両者を交差させるものは、主体の問題であります。なぜならば、あるひとつの主体は、そこから実在が概念を運んでくるところのものであるからです。フランス哲学では、主体をこのように定義することができます。つまり、ある意味において、フロイトの無意識は確実にこの場を占めているのであって、無意識というものは、概念に何か生命に不可欠な、あるいは実在するものをもたらすものであるということです。いかにして、ひとつの実在がひとつの概念を持つことができるか、いかにしてひとつの物体から何ものかが創造され得るかということが、核心的問題であり、この精神分析と非常に強度な関係があるということです。確かにいつもそうですが、みなさまと同じことをなすが、それを別様に行う者との関係は、難しいものがあります。それは共犯関係-同じことを行う-ですが、敵対関係-それを別様に行う-であるとも言うことができます。フランス哲学における、精神分析に対する哲学の関係は、確かに、共犯かつ敵対関係というようなものであります。それは、魅惑と愛の関係であり、敵意と憎悪関係であります。こういった理由で、暴力的かつ複雑な舞台であることになります。

三つの主要なテクストは、あるひとつの考えを作ることを可能にしています。最初のものは、1938年に出版された、この問題についてもっとも明確である、「火の精神分析」と呼ばれる、バシュラールの書の始めの部分です。バシュラールは、諸要素の精神分析-火・水・空気・大地、四大元素の精神分析-と呼ぶことができるだろう、詩・夢を強調した新しい精神分析を提唱しています。事実、フロイトのうちにある性的拘束を夢想によって置き換え、夢想が性的拘束以上に何か広大で開放されたものであることを示そうと、バシュラールは試みていると言うことができます。「火の精神分析」の最初のページのなかで、非常に明確に見出します。

二番目のテクストは、サルトルの「存在と無」の最後の部分で、そこで彼は実存的精神分析と呼んでいる、新しい精神分析の創造を提唱している部分です。そこにおいて共犯/敵対が、例となっています。サルトルはこの実存的精神分析を、彼が経験的精神分析と呼ぶフロイトの精神分析に対立させています。フロイトは経験的精神分析を提唱しているのだが、自分は真の理論的精神分析を提唱するという考えです。

バシュラールは性的拘束を夢想によって置換しようとするなら、サルトルはフロイトのコンプレックス、つまり無意識の構造を、自分が投企と呼ぶものに置換しようとしているのです。サルトルにとって、ひとつの主体を規定するものは、神経症的あるいは変質的構造ではなく、根源的投企、実存投企であるわけです。われわれはそこに、共犯と敵対間を接続する完璧な例を持ち合わせているのです。

第三のレファランスは、ドゥルーズ=ガタリの「アンチ・エディップ」の第四章で、そこでもまたドゥルーズがスキゾアナリーズと呼ぶ-フロイトの意味における精神分析とは完全に敵対状態にある-もうひとつの方法によって精神分析を置換することが提唱されています。三人の偉大な哲学者、バシュラール・サルトル・ドゥルーズが、他のものによって精神分析を置換することを提唱したということは、非凡のなしうる業です。

バシュラールは、性的拘束より夢想、サルトルは、構造あるいはコンプレックスより投企、そしてドゥルーズは、テクストはまったくもってクリアなのですが、表現よりもむしろ構築とし、表現が無意識を構築するべきであるのだが、表現が無意識の諸力を表出させているだけにとどまっている精神分析に対する最大の非難になっています。ドゥルーズは明白に、スキゾアナリーズのうちで作動している構築によって、フロイトの表現を置き換えようと言っています。

これらすべては、みなさまの前で私が最後に要点を繰返し述べようとしているある種の哲学的背景のようなものを描写しています。

客観的に言って、哲学的プログラムは存在していましたし、哲学的契機は思考プログラムによって定義されると考えています。もちろん、哲学者らは非常に異なっており、プログラムは非常に異なる仕方で論じられております。われわれは、作品群でも、システムでも、諸概念でもなく、共通のプログラムが歴史的にあることが理解できます。問題が毅然たるもので、それが共有された際に、方法・作品・哲学者らの多様性とともに、ひとつの哲学的契機が存在するというわけです。

第一の点は、概念を実在に対立することを止め、この分離に決着つけること。概念は生きものであり、ひとつの創造、ひとつの過程、ひとつの出来事であるということ、こういった理由から概念は実在と分離されないということを証明すること。

第二の点は、哲学を現代性のうちに記すこと、これはアカデミーから抜け出すことを意味し、生のうちに哲学を流通させること。性的・芸術的・社会的現代性、これらすべてに哲学は混交されるべきであります。

プログラムの第三の点は、認識哲学と行動哲学のあいだの対立を破棄すること。例えば、カントのうちでの理論的理性と実践的理性とのあいだに存在した、この大きな分離、つまりこれを破棄することと、認識はそれ自体でひとつの実践であること、科学的認識でさえ、事実、ひとつの実践であることを示すこと。

第四の点は、政治哲学の迂回を通さずに、哲学を直接に政治舞台へと位置づけること、政治舞台で哲学を前線へと内接させること。哲学をその勢力、存在様式のうちで、ひとつの活動的実践にすること。政治についての反省ではなく、実質的政治介入というわけです。

第五の点は、主体の問題を再度取上げること、反省的モデルを破棄すること、つまり精神分析と議論すること、それと敵対すること、さらにそれ以上ではなくても、同じぐらい上手くやること。

最後、六番目の点は、哲学的文体、哲学的説明の新しい文体を創造すること、つまり文学と敵対すること。事実、18世紀以来の、著述家兼哲学者をいま一度発明すること、再度創造すること。

このことが、フランスの哲学的契機、そのプログラム、大いなる野望であります。私はそこに本質的な欲望があったと思っているのですが、要するに、すべての同一性は、あるひとつの欲望の同一性ということです。哲学を活動的エクリチュール、つまり新たな主体の手段、新たな主体の道連れにすることの本質的欲望があったわけです。それ故に、賢者とは異なるものに哲学者をすることは、哲学者の瞑想的、教師として、あるいは反省的なフィギュールと決着をつけることであります。哲学者を賢者とは異なるものにすること、それは自分自身を、僧侶のライバルとは異なるものにすることです。自らを戦う著述家、主体の芸術家、創造の恋人にすること。戦う著述家、主体の芸術家、創造の恋人、哲学的活動家、これらはこの時代を横断し、哲学が自らの名にて活動することであった欲望にとっての諸々の名であるのです。これらすべては私に、Les chênes qu’on abatというテクストのなかで、ド・ゴールに捧げたマルローの文:偉大さというものは、ひとが未知の何かへ向うひとつの道である、を思考させます。20世紀の後半世紀のフランス哲学、フランスの哲学的契機は、結局のところ、目的の認識よりも道、瞑想そして知恵よりも行動あるいは哲学的介入を、哲学に好むよう提唱したのであった。それはひとつの知恵なき哲学であったので、今日では非難されているものであったわけです。

しかしフランスの哲学的契機は、実際のところ、幸福よりは栄光を望んでいたのです。われわれは、実際に問題的ではある、何かまったく特別なものを望んでいた、つまり概念に対する向う見ずな冒険家らになることを望んでいたように、私は思います。事実、生と概念の明白な分離でなく、実在が観念あるいは法規に従属されることでもなく、概念それ自体が、ひとが必然的にそれについての目標を熟知していないあるひとつの道であるということを望むことです。冒険者らの時代の後には、一般的に秩序の時代が到来します。これは問題です。この哲学すべてのうちには、ドゥルーズがノマドと力強く言った、ある非合法な海賊的側面があったと、それをひとは理解しているのであります。

概念の向う見ずな冒険家たちは、われわれを和解させるだろう表現句であるように私には思えるのであり、それゆえに私は、20世紀のフランスにて、哲学的冒険の契機があったと言うことでしょう。
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2006.01.18[Wed] Post 04:44  CO:7  TB:0  未分類  Top▲  このエントリーを含むはてなブックマーク 

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おお、またしても猫屋がfenestraeさんとこでなんたらかんたらよくわかんないこと書いてる間にchaosmos氏は長文訳出、、。まいりやした。
2006.01.18[Wed]  投稿者:猫屋  編集  Top▲

猫屋さんが度々紹介されている、歴史と記憶について書かれたle temps modernes誌編集長クロード・ランツマンの論説が、先日リベに載っていました。同誌の最新号で、バディウの新刊本が(とはいっても、ユダヤ問題について以前書かれたもの選集に未刊の序をつけたものなんですが)、Jean-Claude MilnerとEric Martyによって批判されているようです。http://www.liberation.fr/page.php?Article=350126#
2006.01.19[Thu]  投稿者:chaosmos  編集  Top▲

あ、この記事読んでみます。たしかランズマン、一時シモーヌ・ド・ボーボワールの恋人だったって記憶があります。でも何時のまにかシオニストになっちゃった。フランスではほぼタブーなんで表立っては見えてこないけれど、ユ系知識人・ジャーナリストのシフトは怖い。エンタメ界もだけど。やな風情ではあります。
2006.01.19[Thu]  投稿者:猫屋  編集  Top▲

こちらにもお邪魔します。
Jean-Claude MilnerはランシエールがLa Haine de la democratieで「憎悪」を発している者として触れているneo-reacですね。 Eric Martyはランズマンと組んで、「ジャン・ジュネは反ユダヤ主義」と主張して憚らない人です。
バディウは件の新刊の中、「ハアレツ」紙との対談で、いまそこにいるパレスチナ人との関係を思考するには「ホロコーストを忘れる必要があるのです」と述べています。これはいくら「ハアレツ」といえども容認はできないでしょう。しかしこの発言がイスラエルでなされたことを考えると、安全地帯からいいたい放題のことをいっているシオニスト知識人とは大きくちがいますね。
2006.01.19[Thu]  投稿者:骰子一擲  編集  Top▲

猫屋さん、骰子一擲さん。
ネオレアックらの記事も、シオニストらの記事も一応目を通すようにしてる今日この頃です。
バディウの発言について>ホロコーストを、ユダヤ・パレスチナ問題を考えるためのカテゴリーとして引きあいにだすことへの批判は、ハアレツ紙との対談以外でも繰り返されていますよね(歴史の問題として)。デリケートな問題なので、コメント欄でなく、l'éthiqueなど読み直し、後日、バディウ発言についてまとめてみようかと思っています。
2006.01.21[Sat]  投稿者:chaosmos  編集  Top▲

ようやくTM誌入手。あいかわらずマルティはそのくだらなさに比べ文章がぐでぐでと長し。以前Bref sejour...を読んだときもそうだったのですが、健康上よろしくなさそうなので、chaosmosさんの分析を楽しみにしています(無責任)。
2006.01.25[Wed]  投稿者:骰子一擲  編集  Top▲

骰子一擲 さん。TM誌のマルティのバディウの書に対する反駁文、ざっと目を通しました。バディウが犠牲者的イデオロギーと呼んでいるもののが、彼の思考のなかで、なぜ否認されているのかを捉えない限り、時にショックを与えだろう彼の発言の意味がまったくナンセンスなものになると思いました。(このことは、別にユダヤ問題に関して以外についても同様です。)これについては、バディウの用語法が比較的簡単に理解できると思われる(とはいっても難しいのですが)「倫理」で十分に展開されていると思いますし、今回のユダヤ問題についての選集にも10ページほど抜粋されていますよね。自分にとってはとりあえず、「倫理」で書かれていることが重要であると感じているのですが、マルティにとっては、さほど重要でないのか、それとも意図的に無視しているのかは知りませんが、それについてはあまり触れることなく、バディウの歴史的事実に対する無知と検証しないことの怠慢さから来るとされる発言がよほど頭に来てることしか伝わってこないです。
ユダヤ-パレスチナ問題に関して、歴史的事実など細かな分析をする技量はないし、まったく武装もしていないので、戦場に入っていくことは自分には無理ですが、「倫理」で展開されている要旨はまとめられるかなと思っております。
2006.01.26[Thu]  投稿者:chaosmos  編集  Top▲

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