Air du Temps

フランスのアクチュアリテ

PROFIL

chaosmos

Auteur:chaosmos
動物占い クジラ
家電占い 家庭用ゲーム機
山手線占い 渋谷
哲学者占い フーコー
日本歴史占い 猿飛び佐助
前世占い 将軍

ARTICLES RECENTS

RECHERCHE

ブロとも申請フォーム

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.--[--] Post --:--  CO:-  TB:-  スポンサー広告  Top▲  このエントリーを含むはてなブックマーク 

COMMENT

NAME

SUBJECT

BLOG/HP

PASSWORD

COMMENT

SECRET
※非公開コメントにしたい場合はBOXにチェックをして下さい ⇒ 

SUBMIT: 送信 

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2006.01.09[Mon]  投稿者:-  編集  Top▲

↑の方へ。訂正しておきました。他にもあったらご指摘ください。ありがとうございました。
2006.01.09[Mon]  投稿者:chaosmos  編集  Top▲

どうも、はじめまして。猫屋と申します。この記事も読んでなかったです。フィンケルも困ったもんです。フィンケル・ドッペウゲンガー現象とでも名付けたいというか。

しかし、皆さん凄い勢いで翻訳をサクサク、、私このごろすっかり自信をなくしております、はい。
2006.01.11[Wed]  投稿者:猫屋  編集  Top▲

猫屋さん、はじめまして。忙しい年末に出てたこの記事、私も年明けてから初めて見ました。昨日、ユダヤ問題が少し気になったので、別のアラン(バディウ)の-Circonstances 3,Portée du mot ''juif''という本を買いにジベールに行ったのですが、今年のアグレガシオンのテーマか、さてまた追悼かというぐらい、フィンク本が古いものも含め山積みになっておりました。よく売れるのかな?困ったものです。
翻訳は〈サクサク〉いきたいところですが、力不足でなかなかそういきません。また、意訳に頼らないように心がけているので、ものによっては時間掛かります。特にリベの記者が書く文学的なものは、手を焼くものが多いです。はい。
不定期かつ亀更新ですが、これからもよろしくお願いします。
2006.01.11[Wed]  投稿者:chaosmos  編集  Top▲

TRACKBACK

スポンサーサイト のトラックバックアドレス
http://chaosmos.blog11.fc2.com/tb.php/61-ce5f07df
 ⇒ この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)

Une longue resonnance des propos d'Alain Finkielkraut ~アラン・フィンケルクロート発言の長き余韻~

再びアラン・フィンケルクロートです。(ああ、本当はもういやなんだけど…。「サルコジ」という名に反応するように、「フィンケルクロート」という名に反応するアンテナが確立してし .....続きを読む
2006.01.11[Wed]  発信元:L'ECUME DES JOURS ~日々の泡~  

フィンケルクロート、あるいはネオレアックのリーダー

最近追っていたランシエール関連の記事を検索してたら、たまたまぶつかった記事。ランシエールのことは一行だけで、あとは年末にメディアを騒がしていたアラン・フィンケルクロート叩きの内容。はっきり言って、この人には興味ないのだが、多くの固有名詞が並べられているこの記事は、何かと参考になるかと思って訳出。本文で触れられている、暴動に対する見解からイスラエルHaaretz紙の発言に到るまで、Obs誌でネオレアックのドンと称されるフィンケルクロート関連のブログへのリンクも、いくつか貼らして頂きました。fenestraeさん、shibaさん

Finkielkraut, bile en tête
par Christophe AYAD jeudi 29 décembre 2005 libération

*( )内の小文字部分はchaosmos注です。*
若き日のアラン・フィンケルクロートAlain Finkielkrautは<みんなと同じように、もちろん極左主義者>であった。少なくとも、ある下層社会のなかではみんなと同じではあった。「真の反抗者パニュルジル(ラブレーのパンタグリュエルの作中人物)として、とっぷりそこに浸かっていた」と、今日では茶化してみせたりする。活動家は不朽の思い出を捨て去ることはなかった。しかしながら彼は、極左のなかでもっとも教義的な小集団のひとつ-トニー・ネグリToni Negriによるイタリアのアウトノミア運動のフランス版とも言える、ヤン・ムーリエ-ブータンYann Moulier-Boutang(コンピエーニュ大学経済学教授、Multitide誌主宰・経歴を筆頭にしたマオ-に参加していた。「そこには、ダンディズムというような形式があった。私は急進性の魅力を体験し、幸運にも告発者の堅固な場を占めることになったのである」と、フィンケルクロートは言っている。1976年、アラン・フィンケルクロートは、教鞭を執るためバークレーへと向かい、別れを告げることも議論することもなしに、極左主義をお暇することになった。角を矯めて牛を殺すことなく、68年5月のページをめくる軽快かつ快楽主義的な二冊の結構な書-パスカル・ブルックナーPascal Brucknerとの共著、le Nouveau Désordre amoureux (1977) et Au coin de la rue l’aventure (1982)-によって調印された和解的な離別である。

30年後、ひとは彼を怪しげな<ネオレアック陣のリーダー>かつ陰鬱なる<UMP党の哲学者>として、Obs誌の第一面で見ることになる。フィンケルクロートが、郊外危機とフランスの混乱に関する自らのヴィジョンを打ち明けることになる、イスラエル日刊紙Haaretzでのインタヴューは、断絶を確固たるものにした。サルコジは、アル-ジャジーラで<倫理的・宗教的騒乱><民族・宗教的反乱>(読者からの指摘によって1/9誤読訂正)に関して反駁しつつも、<フランス思想の名誉>と彼に敬意を表することで、余計な世話までやくことになる。そしてサンジェルマンデプレが、挙って心配することになる。フィンクは<気が狂った>のか?まだ左翼なのか?右翼そしてラシズムへと徐々にスライドしていく終着点に着いたのか?フィンケルクロートとの問題は、風刺化する一切の努力にも関らず、彼が聡明であり続けるということだ。それは利点でもあり、彼に関しては、退屈することがないということだ。

左翼急進主義について、アラン・フィンケルクロートは、ある種の悪意と<自由の敵には自由なし>という排斥流儀の策を保持していた。1995年には、後に映画を見てなかったなどと情けなく白状する前に、Undergroudによってカンヌで受賞したエミール・クストリッツァに対して執行するのであるが、それでも考えはある、クストリッツァは汎セルビアの危険な扇動家であり続けるなどというのである。「ひとが好色で陰鬱な人間(マムシ)、資本主義のハイエナ呼ばわりされた際に、彼は冷戦時の記録を援用するのである。」「彼は自分が解き放つ暴力には無自覚であり、その代わりに反撃されることは驚いているという次第だ」と、国境なき医師団のかつての代表であり、ノーマン・G・フィンケルシュタインNorman G. Finkelsteinの書l'Industrie de l'Holocausteに序文を寄せたために、<ネガシオニスト・ニュールック>扱いされたロニー・ブラマンRony Braumannは分析している。一方で、フィンケルクロートとの対談書計画をいまだに温めている者はいるのだろうか?彼(ブラマン)は以下のように続けることになる。「彼(フィンケルクロート)は、極左主義から世界の来るべきヴィジョンを借用したのだった。一切は政治であり、すべてが意味を産出する。」

ペギー賛美者

一方でかつての極左主義者は、絶えず騒然とする脳内で、反近代的・反技術的・反都市的なノスタルジックな不治の病と共存している。これはフィンケルクロートの奇妙な部分のひとつであり、いわばカトリックでかつ共和主義者でもある、深遠たるフランスの詩人ペギーに対して彼が持つ際限なき賞賛からくるものである。「ペギーがフランス人シオニストの草分けでもあり、かつドレフュスの弁護人でもあったベルナール・ラザールBernard Lazareの親友であったことを、人々は忘れている。」「ペギーはおそらく、彼が生きた時代のユダヤ熱、世界の外にとどまるこういった流儀を、もっとも心得ていた知性である」と、エスプリ誌の前主宰で、フィンケルクロートの定期対談者の一人でもあるポール・ティボーPaul Thibaudはつけ加える。フィンケルクロートにとって、フランスを守るということは、イスラエルを守るということであり、その逆でもあるわけだ。「フランス人が今以上にパトリオットであるならば(半過去)、イスラエルをさらに理解することだろうと、彼は考えている。」彼が80年代の終りにレバノンのクリスチャン、もしくは90年代初頭にクロアチアのクリスチャンにコミットしたのも、同様の論理からである。クンデラMilan Kunderaと、<現代性についての時折、文学的ヴィジョン>の影響のもと、ある親近者はそれについて非難するように、彼はザグレブの大義を支持するただ一人のフランス知識人であったがゆえ、<Finkielcroate :フィンケルクロアット=クロアチア人フィンケル>とまで異名をつけられた。彼にとっては、共産主義とカトリック正統の化身であるセルビア人と、イスラムをシンボル化するボスニア系ムスリム人を前にして、カトリックでありヨーロピアンであるクロアチア人こそが、われわれの同志というわけである。

「クロアチア問題によって、彼は少数派でいることの快感を見出したようだった」と、彼がアメリカ型ネオコン路線へと接近する見方を展開しているフィガロ紙にて、社説を任されることになったかつての共産主義者アレクサンドル・アドラーAlexandre Adlerは言う。フィンケルクロートは、討議することで戦うのである。彼の口から出る言葉は、書かれたものもさることながら、自らを憔悴させ、言葉の跡に焼かれた土地が置き去りにされるのだ。もっとも熱心な論敵でさえも、そのことで彼を恨んだりするまでには至らない。「それは、ある冷ややかな暴力以上に、陰鬱な失望といったものである」と、もうひとつの左派 : Gauche alterの思想家ミゲル・ベナサジャグMigeul Benasayag(哲学者、精神分析家、 Malgrè Tout集団の中心的人物)は心境を語る。「真のイデオローグか自らの情念によって操られた者なのかを、私は見分けることに尽く失敗した。マルクス主義に対して恋愛タイプのような失望が、彼のなかには存在している。大いに喜ばせた一切のものは、魔術で虚偽でしかなくなった。彼は、自分が愛したものを、同様の理由によって、毛嫌いするのである。」

フランスというもの、それはフィンケルクロートがそのなかで成長したところの真なる崇拝である。フランスを好むことなかれということ、それはアウシェヴィッツからの生還者である両親の歴史を踏みにじることである。フィンケルクロートは、自分の家族を救ったフランスを、ひとが傷つけることに耐えられないのである。以上のようなことから来る、<共和国の原地住民>、そして植民地あるいは黒人奴隷制度擁護者であるフランスの過去に対してフランスが改悛の証拠を示すことを欲するすべての者に対する彼の皮相的な拒絶。また<フランス的イデオロギー>は存在するという立場のベルナール・アンリ・レヴィBernard-Henri Lévy = BHLに対する不信と言わないまでも、彼が保つ距離というものは、ペタン主義と反ユダヤ主義という古い基盤を援用しているのである。同世代で、サンジェルマンデプレ街を経て、旧ユーゴスラヴィアからイスラエルに到るまで、平行した経緯を辿っているフィンクとBHLではあるが、自分たちが思ってないと以上に二人の男は意識し合っている。それというのも、BHLが時事問題の動顛に柔軟さでもって反応するところで、もう一方はぎこちなく徹底攻勢に出ているからである。お互いを結びつけるただ一人の男は、プロレテリア左派の元主宰で、晩年にはユダヤ教超正統主義に鞍替えした、サルトルの秘書でもあったベニー・レヴィBenny Lévy(2003年没)であったのだが、それというのも両者共々、ベニー・レヴィを畏敬していたという理由からである。彼のために、二人はイスラエルにレヴィナス研究センターを設立したのである。

極左主義、さらにはフランスの左派全体からアラン・フィンケルクロートを離脱させたものは、なによりもまず、イスラエル問題である。1973年以来、キプール戦争の際、同志らが大騒ぎしてるあいだ中、彼は震えることになる。1982年には、レバノンでのパレスティナ問題に対する<最終的解決>を実行した廉をヘブライ国家へ、あるいはイスラエル兵士の眼にはレバノン人キリスト教徒民兵によって犯されたサブラ・シャティーラ虐殺の責任を、当時の国防相であったアリエル・シャロンに負わせる者らへのリアクションとしてla Réprobation d’Israëlを出版することになる。「すでにそこで、すべてが出揃っていたわけである」と、イスラエル人映画作家で彼の嘲笑のまとの一人エイアル・シヴァンEyal Sivanは考える。「彼は何も変わってなく、想像のユダヤ人が想像の一イスラエル人になったということである。ただそれだけの事だ。」

イスラエルへの情熱的関係

1981年、フィンケルクロートのペンによって、ショーアの陰で生きる、非宗教的西欧諸国のユダヤ人アイデンティティに関する見事な書、le juif imaginaire:想像のユダヤ人が世に出たのだった。絶対悪の権化に奉られたユダヤ人虐殺の崇拝に対し、彼は激しく抗議することになる。彼にとってのショーアは、汲々とした排他的な崇拝へと転換されるのではなく世界に開かれるべきであるということだ。悪意を抱いてそれを知るべきであり、<アウシュヴィッツの番人>として彼を嘲笑するためにはそれを読まなかったに違いない。しかしながら、デュードネDieudonné(仏のコメディアン)による反ユダヤ的挑発の前に、黒人奴隷制度擁護者フランスの過去に関する彼の<ショーアの要求>を前にして、彼は論争のなかへとうなだれた頭を突進させたのであった。そして最終的にそれは、個人間の争いと化したわけである。意味論の小競り合いや、概念の市街戦という趣向の常である。それに加えてイスラエル、、、さてまたパレスティナである。地雷が敷設された戦場にて、2004年の欧州選でユーロ=パレスティナ人リストから立候補し、今日フランスにおける<反ユダヤ主義の真のパトロン>と彼が見なしている、デュードネという最高の敵に、彼は出くわしたのである。イスラエルが危機に瀕するや否や、彼の腸は煮え繰り返るのだ。アレクサンドル・アドラーは次のことを自認している。「私は彼よりも厳しい立場に置かれているのではあるが、時に彼のおしゃべりは私のよりも度が過ぎる。」

インティファーダと一緒に、何かが壊れてしまった。代償なきひとつの平和に対する幻想。ヘブライ語を話せない哲学者は、定期的にイスラエルに出向いている。「何人かの第三世界支持者らがキューバに対してと同じように、イスラエルへの情熱的・観念化された関係を彼は持っている。」「彼は奥深い国を分かっていない」と、ロニー・ブラウマンは説明する。他の事に関してと同様、彼はイスラエルを書物を通じて知っている。そのなかで左派の作家らと、現在では普遍的平和に対する平和主義者らとの関係を維持するのであるが、ここで言う左派は、パレスティナ人と仲直りするというよりも、彼らとのいざこざを避けることを望んでいた左派のことである。インティファーダが勃発する際、彼は裏切りを感じ背を向けることになる。占拠・植民地化、これらが自爆テロをする者らを正当化することは、彼の眼には不可能に映るのだ。彼は暴力の放棄をモラルの前提にするのである。しかしながら決してそのことを、手段としては考えていないのである。諸説明を推進する者らに対して彼は、諸々の正当性を探し求めることを非難するのである。(先の)郊外に関しても、論理は同じであり、暴力を正当化するものは何もなく、とりわけ排除あるいは社会的なものが正当化するのではないということである。自らの誠意の証拠として、もうひとつの平和プランであるジュネーヴ条約に対する擁護を、おきまりのように振りかざすのではあるが、もはやその声はまったく聴聞不能なものになっている。そのことは、彼が嘆くようにデーモナイズされているという理由のみならず、自らが仕掛けた共同体の罠に勝手に掛かっているという理由からである。インティファーダ当初から、ユダヤ・コミュニティー・ラジオ局 RCJ の週間報道を受持つことを、事実、彼は承諾することになる。Qui vive!:だれか、そこに行くのはだれか!ユダヤ思想によく通じているある者は、彼のうちに見ることになる。「ジェレミー。諸価値の喪失、むなしい記憶、インターネットの猛威を嘆き悲しむ者。」(Jérémie:Jeremaihジャマイア。ここの文は、エレミア書での預言者エレミアの哀歌、嘆きのパロディーなのだろう。)RCJでは、フィンケルクロートは<家族として>見なされ、<イスラエルを批判する自由がある>言うのであるが、つまるところ彼を苛立たせる者らすべてを批判する自由だと自分を見なしているのである。昨春、<生活保護受給者>と名づけたアンティーユの人々についての発言の廉で取り押えられた際に、彼は声を静めて、ひとり心の中で話すことができなくなることを不快に思うことになる。すべてはタリック・ラマダンTariq Ramadanと同じであるが、フィンケルクロートはどちらともとれるような二重のディスクールではなく、(射程範囲調整可能な)ズーム式ディクスールを言うのである。フランスのユダヤ人らがフランス人のゴイ(非ユダヤ人)について語るときに、日増しに<ils:三人称複数形を主語にして>発言する傾向があるといって非難している、自らの共同体とは反対に思考するところに彼は行き着くのである。

肯定の絶えまぬ努力

インティファーダ以上に、それに対する西洋諸国での世論内での反響が、彼を憤慨させることになる。ひとつの転回点がそれの<急進化>のなかにあるとするなら、ダーバン会議(2001南アフリカ *参考とそこで流布された醜悪なイスラエルナチ化の時点である。反人種主義は、彼にとって<来るべき時代の新たなる全体主義>というものになる。彼はもはや分析のなかではなく、戦闘のさなかにいるのであるが、手短に言うと、シャロンを批判することは、イスラエルの終焉を望むことになるというわけだ。9.11テロによって、ZEP(zone d'éducation prioritaire:教育優先地区 *参考)からガザ地区を通ってカラチ郊外に到るまで、ついにすべてのことが連結し合うことになるのだが、それはヒューマニストの西洋諸国と、その脅かされた諸価値ということである。その通りになってしまった。彼が以前から考えていた、諸文明の衝撃がそこかしこに存在している。

反ユダヤ主義 *参考の諸行為の台頭を前に、ジョスパン内閣の沈黙は、彼をフランス左派から少しばかり遠ざけることになった。2002年には、遅ればせながら警報が放たれたのであるが、彼は<喧騒で打倒された水晶の年:année de cristal à bas bruit>水晶の夜:クリスタル・ナハトのもじり)という表現を創造することになる。並外れた、的を射てないたとえである。「ユダヤ文化は彼の外部にとどまったままであり、肯定の絶えまぬ努力のなかにいる。自身の両親が生き抜いたものを自らが生き続けていると確信しているという、秘められた至福が彼のうちにはある」と、Crif(フランス・ユダヤ機関代表会議 )のかつての代表で、ショーアの生存者、諸権威に対する<寛大な態度>によってフィンケルクロートから攻撃されたテオ・クラインThéo Kleinは考える。

ジョスパンは非常に彼を憤慨させるがゆえ、2002年4月21日の前にシュベヌマン(市民運動)に投票すべきかなどと自問することになる。最終的に、彼は釣りをしに行ってしまった。翌日、ル・ペンをパスさせてしまったために、緑の党に(今日ではトービラ(左翼急進党)候補に対し)毒づくことになる。彼がジョスパンに恨みを抱くのも、そのときに始まったことではない。教育相であった彼こそが、最初から学校におけるヒジャブ着用禁止する<勇気>に欠けていたのだから。フランス語を台無しにする<滑稽かつ馬鹿げた場>である教員養成学校(IUFM)を創設したのもジョスパンであった。「フィンケルクロートは、教員らがブラウスを着用し、学校が共和国のるつぼであった時代を夢想している。」「中等教育での就学年齢層が25%からほぼ100%に移行したことを、彼は忘れているようだ」と、GénérationTant qu’il y aura des profsの著者、パトリック・ロートマンPatrik Rotmanは言う。彼は現在においても、庶民階級出身の優秀な生徒は誰でも、アンリIV世校(パリにある名門リセ)に入学できると考えている。ここにおいても、フィンケルクロートは、意見を変えることはなく、1987年以降、Défaite de la penséeのなかで、学校の退廃を暴くことになる。

反全体主義的左派の落とし子であるアラン・フィンケルクロートは、今でも左派に属しているのだろうか?「まったく意味のない質問だ。ラファランがブレアーやシュレダー以上に自分は左よりと言うのは的を射ている」と、彼は明言する。哲学者ジャック・ランシエールJacques Rancière(彼もまた敵である)が定立化した<民主主義者>と<共和主義者>の区分においては、ギリシャ的意味で、彼は共和国よりであろう。彼はフランス左派に対して、その<ロベスピエール主義>、<諸問題を卑劣なものへと転換する仕方>を非難することになる。証明せよだって?<フランスは郊外のなかにあるひとつの問題を抱えている。それに立ち向うというよりは、フランスはラシストな国だとか、すべてのファシストを暴露することでそれに打ち勝つだろうなどというおしゃべりを好んでいる。>C.Q.F.D.:かくて証明されたり。しかしながらこういった<諸々の敵に飢える態度>を、ひとは完全に変えさせることだって可能である。いくら思考が特異なものであるとしても、それはヤヌスのように二つの相を持っているからである。フィンケルクロートは最終的に、<ペギー主義的ジョレス主義>あるいは<社会主義的ペギー主義>というように、自らを定義しているようだ。確かなことはひとつあるのだが、彼は右派には一度も投票したことがないということである。かつてフランス・キュルチュール(主に文化プログラムを放送している仏国営ラジオ局)の局長でもあり、友人でもあるロー・アドラーLaure Adlerは、「まずは、どこに左派にあるのかを知る必要があるのでは」という質問に答えるほうが好ましいといっている。

ビノシュの涙

フィンケルクロートは自分がどこにいるのかを分かっているのだろうか?Guignols de l’info(Canal+局で放映されてる人形を使った風刺劇)の卑俗さを彼は激しく罵るが、アーディソンThierry Ardissonの番組(FR2で土曜の夜中に放映されているトークショー)ではパレスティナの子供たちを同情する張本人、ジュリエット・ビノシュ(仏映画女優)を泣かせることになる。3.8のマニフの最中に、高校生らによる暴行の末、<白人人種差別>に対する請願書に署名するのであるが、後に彼が標的にする者らに対するすべての人間性を否定するという特長を兼ね備えた、黒人人種差別が存在することを遅ればせながらに自認する前にそうするのである。<自分はディアローグ空間に含まれている>などと彼は言うが、ロニー・ブローマンを<ゴイのプードル>扱いするのである。司法のハラスメント対象になることに愚痴をこぼす彼ではあるが、フランス・アンテール(仏ラジオ局)にてパレスティナ領の植民地化を痛烈に批判したがために、ジャーナリストであるダニエル・メルメDaniel Mermetに対する裁判(負け)で証言台に立つことになるし、さてまた、ル・モンド紙でイスラエルに関するある論壇の廉で、思想家エドガー・モランEdgar Morinは非難に値するなどと考えたりもしている。端的に言うと、彼はすべてをその反対とともにやりのけるのであり、一切がちぐはぐな状態であるということだ。自分が<ユダヤ人の反ユダヤ主義>呼ばわりされたことで、現在、哲学者を名誉毀損で起訴しているイスラエル人の映画作家エイヤル・シヴァンは、そこに<高度に複雑化したひとつのシステム>を見てとる。「醜悪なことを口に出す度ごとに、フィンケルクロートは、自分が言わんとしている意味ではないことの理由を説明するのである。」Haaretz紙でのインタヴュー後、<je est un autre:私は他者である>(詩人ランボーの言葉)の形式でもって、フィンケルクロートは弁解したのであった。要するに、この対談(Haaretz)で目に浮かぶような醜悪な人物像の名において、彼は弁解するのであり、自分自身ではないということであるのだが、一方で、形式に磨きをかけつつ新たに展開する、すべての観念は受け止めるのである。「テレビを消して、仕事を再開したほうがいい」と、友人のひとりは忠告するのだ。


スポンサーサイト
2006.01.08[Sun] Post 04:51  CO:4  TB:1  リベラシオン  Top▲  このエントリーを含むはてなブックマーク 

COMMENT

NAME

SUBJECT

BLOG/HP

PASSWORD

COMMENT

SECRET
※非公開コメントにしたい場合はBOXにチェックをして下さい ⇒ 

SUBMIT: 送信 

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2006.01.09[Mon]  投稿者:-  編集  Top▲

↑の方へ。訂正しておきました。他にもあったらご指摘ください。ありがとうございました。
2006.01.09[Mon]  投稿者:chaosmos  編集  Top▲

どうも、はじめまして。猫屋と申します。この記事も読んでなかったです。フィンケルも困ったもんです。フィンケル・ドッペウゲンガー現象とでも名付けたいというか。

しかし、皆さん凄い勢いで翻訳をサクサク、、私このごろすっかり自信をなくしております、はい。
2006.01.11[Wed]  投稿者:猫屋  編集  Top▲

猫屋さん、はじめまして。忙しい年末に出てたこの記事、私も年明けてから初めて見ました。昨日、ユダヤ問題が少し気になったので、別のアラン(バディウ)の-Circonstances 3,Portée du mot ''juif''という本を買いにジベールに行ったのですが、今年のアグレガシオンのテーマか、さてまた追悼かというぐらい、フィンク本が古いものも含め山積みになっておりました。よく売れるのかな?困ったものです。
翻訳は〈サクサク〉いきたいところですが、力不足でなかなかそういきません。また、意訳に頼らないように心がけているので、ものによっては時間掛かります。特にリベの記者が書く文学的なものは、手を焼くものが多いです。はい。
不定期かつ亀更新ですが、これからもよろしくお願いします。
2006.01.11[Wed]  投稿者:chaosmos  編集  Top▲

TRACKBACK

フィンケルクロート、あるいはネオレアックのリーダー のトラックバックアドレス
http://chaosmos.blog11.fc2.com/tb.php/61-ce5f07df
 ⇒ この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)

Une longue resonnance des propos d'Alain Finkielkraut ~アラン・フィンケルクロート発言の長き余韻~

再びアラン・フィンケルクロートです。(ああ、本当はもういやなんだけど…。「サルコジ」という名に反応するように、「フィンケルクロート」という名に反応するアンテナが確立してし .....続きを読む
2006.01.11[Wed]  発信元:L'ECUME DES JOURS ~日々の泡~  

Log in*/RSS*】  Design 「AZ+」Plugin Template...  Page Top▲
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。