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Le collectif Devoirs de memoires a Clichy-sous-Bois ~クリシー・スー・ボワで有権者リストへの登録を呼びかけ~

18日の記事で触れましたが、ジャメル・ドゥブーズやジョイ・スター、ジャン=ピエール・バクリらがDevoirs de memoires(記憶の義務…って直訳だけど…)という名で、有権者リストに登録する .....続きを読む
2005.12.22[Thu]  発信元:L'ECUME DES JOURS ~日々の泡~  

デモクラシー的スキャンダル ~ ランシエールのインタヴューから

15日付けリベラシオン紙の書籍紹介欄にて、ランシエールのインタヴューが記載されていたので、参考までに紹介しておきます。前半部に氏の経歴などが紹介されていますが、その部分の翻訳は割愛します。

Le scandale démocratique
Une charge en deux temps de Jacques Rancière contre le consensus ambiant.

par Jean-Baptiste MARONGIU
jeudi 15 décémbre 2005 / Libération



*
あなたにとって、デモクラシーとは何ですか?

デモクラシーは、代議政体の形式でも、資本主義自由市場の上に建てられた社会形態でもありません。デモクラシーという言葉に、それが持つスキャンダル力を返すべきです。それはまずもって、デモクラシーを支持しない者らにとっては、下層民・群衆・統治するための資格を所持していない者らの統治というように、あるひとつの侮辱であったわけです。彼らにとっては、自然に従うなら、統治は統治するための資格を持ち合わせている者、つまり富の保有者・神聖との絆の請負人・大家・知識人・専門家らといった者らに帰するというわけです。しかしながら、政治的共同体が存在するためには、名乗りを上げるこれらの優位性というものを、<権限を持つ者ら>と<権限を持たない者ら>間の根本平等レベルにまで立ちもどらせる必要があります。この意味で、デモクラシーとは、統治の特殊な形式ではなく、いっさいの支配をその初期的非合法性へ投げ返す政治そのものの基礎ということになります。

フランスでデモクラシーの憎悪は存在するのでしょうか?

一部の知識階級、そのなかでもアラン・フィンケルクロートによって要約されるような、日増しに辛辣度が加速しているディスクールは、すべての悪をデモクラシーのせいにしています。ソ連型オルタナティヴの崩壊以来、法外な個人的欲望の支配として判断されたデモクラシーと、集団生活の意義として考えられた共和制とを、彼らは対立することに着手し始めました。彼らにとってデモクラシーとは、消費と社会的分裂の支配だというわけです。逆立ちした世界というようなデモクラシーに対するプラトン的見方を、アポカリプスへと彼らは変えてしまうのです。J-C ミルネーはデモクラシーを、ユダヤ人大量殺害の責任にまでしました。さらに諸国家の世界経済秩序への適応は、統治者・実業家・財界人・専門家らを集結する新しい特権階級の構築を必然的にもたらしています。こういった寡頭制は、人民投票という制度的諸形式内にて行われるものも含む人民の諸表現を、危険なものとして見なすような傾向にあります。一方で、知識人・統治者・専門家の正当性と、他方において、先の欧州憲法に関する国民投票のように支配的論理に反対するような場合、<ポピュリスト>として今日ますます疑問視され激しく非難されることになる人民の正当性という、二種類の正当性が分裂していることを人は見てとるわけです。

あなたは寡頭的右翼国家について述べているのですが、アテネの民主制の場合でもすでに存在したのではないですか?

アテネの民主制は、女性・奴隷・異邦人らを排除しつつ、共同体の構成員を選別していました。この枠内にてくじ引きが、例えばグループや支配的関心の代表というような語源的には寡頭的原理である代表ではなく、責任者を決めていたのです。わたしたちの国では、図式が逆転してます。つまり、すべての者は共同体のメンバーとして前提にされていますが、決議する者の数は制限されているのです。権力の機構は、支配的エリートらが自己採用されることと、諸々の決定は大多数の議論を免れることの原因をつくります。

あなたはデモクラシーの根拠・土台に平等を措定しますが、それはなぜですか?

平等は、経済的な地位あるいは万人にとっての似通った生活様式という意味での、達成すべき目的ではありません。平等とは政治の前提です。デモクラシーは、どんな人でも(n'importe qui)持つ権力であって、いっさいの支配に関する偶有性なのです。そのことは、権力は最大数の善のために機能すべきであるという考えではなく、最大数が公のことがらに関与する資格を備えているという考えなのです。根本的平等は、まず第一に、共同体の諸問題について議論し、それらを実行することのどんな人でも持ち合わせている能力に関係しているのです。

郊外の暴動によって考えさせられるものは何ですか?

それは、最大数の能力が囚われた状態での軽蔑から引起された、ある別の結果です。概してフランス人である人々の統合が問題なのではなく、彼らが均等に扱われるようにすることが問題なのです。人々が酷い扱いをされているとか違和感を持っているのかを知ることが問題ではありません。彼らが政治主体として数に入れられているのか、共通の言語に恵まれているのかを知ることが問題なのです。暴動の意味は、そのようなものとして見なされることへの、彼ら自身の能力に結ばれているのです。明らかにこういった暴動運動は、あなたがたと同じ共同体に所属しているという敵を再認するひとつの対話場面構築の、私が理解するような、政治的形式を見出しませんでした。不平等な状況への反動は、それはそれでひとつの事柄です。平等というものは、排除されている者(exclus)らが排除を告発する仕方のうちで、自分が同胞者(inclus)としてあることを申し立てる際に政治的に示されるのです。諸々の徴候に対する専門的治療の医学的図式から脱出するために、言葉が行動になる具体的場面を構築する<わたしたちを主語にする>言葉になるために、すべての文化的・社会的・宗教的媒体を通り抜ける主体化形式が姿を現す必要があります。

アルチューセールの弟子として、あなたはマルクス主義者でしたが、どのようにしてそこから脱したのですか?

回帰することではなく、先に進むことが問題なのです。68年の5月革命は、大衆に科学を寄与することを欲したアルチューセールの知的図式を敗走させました。それ以来、私は労働者解放の歴史を研究することで、それは(労働者解放というものは)気づいていなかった搾取に対する自覚問題では決してなかったことを理解しました。解放的行為の根底には、ある即時的平等を適用する意志がありました。彼らは直ちに、あるひとつの体(団体・政体・共同体etc)・出生と目的に従って労働者に割り当てられたものとは異なる生活様式・思考方法・話法を、自らのために設けることを欲したのです。そこから私は、感性的なものの分与という、権力・法問題になる前の、感性的所与そのものの構造である、政治の美的次元に関する考えを引きだしたわけです。政治が、ある異なる時間と速度を創始し、可視性を持ち合わせていなかった諸物にそれを与え、それまでただ仕事をすることだけが善しとされていた人々が、共に話し行動する諸能力を発揮するという共有の場を切開くのです。美的なものという概念自体が、どんな人によっても共有された経験形式、宛名不在の思考とでも言えるような、政治の根底にある無記名の権力へと最終審級にて呼応する、芸術の世界におけるある種の無記名の肯定された権力というようなものを含んでいるのです。もっともそれは、18世紀末に、政治の基礎としての平等と、芸術内でのこういったヒエラルキー平衡・平等の特殊形式間での相容れない分節化が現れる同一運動内にてまさに、どのような人間によっても分与された共同体へと召喚していることなのです。







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2005.12.17[Sat] Post 19:58  CO:0  TB:1  リベラシオン  Top▲  このエントリーを含むはてなブックマーク 

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