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ランシエール : 選挙とデモクラシー的理性

ル・モンド紙の付録「2007年大統領選特集」に記載されている、ランシエールの記事:選挙とデモクラシー的理性。MULTITUDES誌のサイトに転載されている原文はこちら
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参考)CPE法公布後になされた対談。「デモクラシーの憎悪」出版後の対談。*
今回の大統領選も過去数回のものと同様、ボランティアの医師団あるいは各団体に、デモクラシーの危機やら不満などと繰り返し唱える機会を与えている。五年前には、良識ある市民として「国民議会を構成する政党からの各候補者」ではなく、「抗議を加える各候補者」に個人的な好みで投票した自覚のない有権者らに対して、彼らは怒りをぶちまけていた。

今日において彼らが告発は、まるで製品を売り出すように大統領適任者を「作り出す」各メディア帝国に対してなされている。大統領選の頽廃とみなすものを告発するにせよ、この選挙が人民の権力にとって至上な顕現を構築しているという公準を疑っている者はいない。

しかしながら、歴史と良識が教えるところによると、事情はまったく異なっているのである。大統領直接選挙というものは、人民の権力を確立するためにではなく、反対にそれを阻止する目的で考案されたのであった。それは、君主政体の一制度であり、人民の権力とは反対のものへと変質させるように仕向けられた集合的賛同のひとつの迂回であり、共同体の舵取りを心得ている上位に立つひとりの人間に対する服従の一般形式なのである。それは、フランスでは1848年に、人民勢力に対抗するものとして制度化されたのである。更新不可の任期4年制によって、人民勢力の危険を制限することができるという思惑が、当時の共和主義者らにはあったのである。ルイ・ナポレオンによるクーデタは、制度の君主主義的精神を、共和国体制より優位に立つようにしたのである。

1870年以降ドゴールによる1962年の改正に至るまで、このことは全く問題にされなかった。その改正では、各政党を越えたひとつ指針を国民に寄与するということが問題であった。実際に、国家の全機構を少数派一政党に有利な状態にしつつも、この指針に全権を与えることが問題であったわけである。左派全政党はそのことを理解したうえ、この制度に反対票を投じたのである。そのようなことは、全員忘れてしまったようである。それというのも、システムがもつ実践的な諸利点とともに宮廷生活の私有の魅力を発見した社会主義者らと、選挙区の分配を目的とした票の売買工作や持論を少しばかり宣伝する諸手段をそこに見出した共産主義者と極左陣営に立つ者しかいないからである。そういった次第だから、こういった「デモクラシー」の候補者を圧倒多数で選出するために、大多数のものが2002年の大合唱に加わったことなどは、特に驚くに値しないのである。

しかしながら大統領選は、今も昔もデモクラシーの劇画なのである。それは、われわれの世界を支配する経済的モデルへと帰着させ、個人間の「理性的選択」に奉仕するためのいわゆる競争の掟へと帰着させるのである。各自の知性力と集団的決定力は、相反する諸徳の天分を備えた一個人---自党の代表にして諸政党に対しては無関係な、われわれの「諸問題」に聞く耳を持ちつつも統治学の諸法則を強要することができるような一個人を選出することによって、まさに行使されるとみなされているのである。

将来の成長は、いくつかの鑑定書や誓約書による任意なパッチワークに対して、それとは別のものはどうでもよい「市場」が、進んで合意しようとしている信頼感そのものに依存しているのであるが、それについての利潤を予め配当することで、厚生あるいは司法、企業あるいは住宅に充てられる額を算定しているような、各分野における専門家らによって提出された断片的な鑑定書に基づいて作成された計画の合理性と、身勝手な教祖的影響力というふたつを同時に、そういった能力が合法的なかたちで承認しうるとみなされているのである。

各々の候補者に対して質問することで、何らかの教員ポストの創設、任意の芸術活動の支援、あるいは医療システムの開発を着手するよう彼らに要請しているということが、われわれの集団的政治参加を高めているなどと疑わない者がいる。

こういったかたちで能力を行使することで、彼らが主張している「デモクラシー的警戒心」は、地球規模の大きな企てについてと同時に、圧力をかける各グループ間への配当金について、まさに討議できるという彼らが思う良識的態度とは裏腹に、結局のところ集団的断念を確立させることにしか機能していない。

寛大な票の数々が国家主義の過酷さに対抗するなどという自由選択と自由競争の経済モデルは、実際、われわれの思考と決定に関する国家主義支配の諸形式とに完全に一致しているのである。司法、公共交通機関、教育、厚生についての各候補者によって提唱された、諸方策についての利潤とそれにかかる費用との均衡というようなものを、いったい誰が規定できるなどと主張することができようか?諸計画の内的均衡、それらを具現化すべき候補者に委託する権威と「市場に対する信頼感」という関係とを、誰が予想することができるのだろうか?そういったことを、誠実さでもって実行しようと望む者は、本来、棄権する方向へと傾くのである。実際のところ、わたしたち以上に算出することを巧みに行うと公言する者らに、投票することでそのことを委ねるという決断と棄権との間に選択があるわけである。

任意の候補者に投票することで行使する力能は、最善のことに対する理性的選択などではない。それはたんに、権威か公正か、格差なのか平等なのか、貧困者か富裕者か、確立された専門家らの権力なのか、それとも誰もが持ち合わせている政治的資格を肯定することなのかついて、ひとが由とするものを、投票箱の前で秘密を打ち明ける投票用紙を介して表出するような、漠然とした感情表現というものなのである。

しかしながら、競合的な提案についてのいわば理性的選択の真理を語るこの漠然とした感情が、結局のところ、真の政治的合理性にもっとも近づいているということがパラドックスなのである。実際に政治とは、まず第一に、いくつかの根本的問題に対する「漠然とした」諸感情に関わる事柄なのである。例えば、一国で生活する労働者がこの国に属しているのか、同じ仕事をしている者の報酬が性によって異なるべきなのか、出身や肌の色によって雇用あるいは住居を探す者らが差別されるべきなのか、つまるところ、共同体における諸々の事柄というものが、議会政治のプロ、金の亡者、どこそこの学校で何かを学んだ専門家らによって構成されるエリートら一部の人間のものなのか、それともすべての人間に関するものなのかという事柄なのである。

こういった感情は、棄権票あるいは「異議申し立てをした」数人の候補者を介する票によって、暗号化された形式で言い表されるということである。つまり、理性と明るい未来の顕現として、すべての専門家によって提示されたヨーロッパ憲法の拒絶のうちに、非常に明白なかたちですでに表明された。雇用あるいは退職制度、教育、厚生、わが国における移民の存在に関してのある方策の合法的妥当性、われわれの共同体の意味におけるそれに対する一致、または未来に対する諸々の帰結など、それらを判断することができる彼らの資格を、肯定する人々の集団的活動に伴うことで、その固有の形式をとったわけである。

任期満了にともなう過去五年は、様々な帰結を実証することになった。数十万の学生によって、CPE法案が提示した未来に疑問が投じられ、彼らの行動の周辺にひとつの異なる「世論」を構築し、行動する責任を持つことを決心したことで、圧倒的多数で選出された大統領の絶対政党が可決したこの法案は無効となったわけである。

デモクラシーの危機あるいは不満というものは存在しないのである。ただ、デモクラシーが意味するものと、ひとがそれを矮小化しようとするものとの間とにある隔たりが、次第に明白な事実になってきているということであり、また、そうなりつつあるということである。
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2007.03.25[Sun] Post 06:21  CO:0  TB:0  ル・モンド  Top▲  このエントリーを含むはてなブックマーク 

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