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ジャン-ピエール・ヴェルナン : 悲劇的人間の根源へ

著名な仏ギリシャ文化研究家のジャン-ピエール・ヴェルナン氏がお亡くなりになられた。享年93歳。ル・モンド紙に掲載されている経歴を紹介すると、国立科学研究センターの主任研究員(48)・社会科学高等研究院(58)・コレージュ・ド・フランスの教授(75)。学者としての輝かしい経歴と平行して、ヴェルナン氏は積極的に政治参加していたということも書かれている。以下はWIKIより抜粋。37年に哲学教員試験に合格。共産主義青年運動(JC)に加入し、第二次大戦時にはレジスタンス(南の解放組織網)に参加後、ベルティエ大佐という偽名でオート・ガロンヌ県のフランス国内軍(FFI)を指揮を執る。戦後も仏共産党にとどまる。主な勲章)レジオンドヌール3等勲章・解放勲章など。

オマージュとしてル・モンドに再掲載されていた対談(下に訳出)は二年前のもので、現代でも新たな演出・解釈で上演され続けている悲劇が、なぜこれほどまでにわれわれの心を惹きつけるのかという質問に対する答え。





Entretien
Jean-Pierre Vernant, aux racines de l'homme tragique
LE MONDE | 14.03.05 | 13h17 • Mis à jour le 10.01.07 | 11h02
*
どのようにして悲劇は世に現れたのですか?

BC五世紀のアテネに、デモクラシーと一緒に出現しました。悲劇はその後一世紀を駆巡った後に活動を止めました。最初の偉大な悲劇作家はプリュニコスです。彼の作品は現存しておりませんが、二人の俳優とコロス用に書かれたものであることは知られております。その後、三大悲劇作家-アイスキュロス、ソフォクレス、エウリピデスが続きます。彼らの作品は、三人の俳優とコロス用に書かれました。悲劇の起源について、特にその宗教的な起源についてはすでに多くの調査が行われております。しかしわたしはそこに、ひとつの考案と革新といものを見ております。

革新とは、まず制度的革新のことですか?

そうです。市民機構やアテネ式デモクラシーの推敲と、悲劇の誕生は切り離すことはできないということです。ギリシャの都市国家・シテにおいて、権利というものが確立された時期にあたります。判決を下すことを任された市民らによって構成された法廷が設立したのもその頃です。医学・幾何学・哲学などに伴って、知的成長がまさに進行するのです。古風な思考法との断絶にひとは立ち会うことになります。それ以降、諸々の価値指標としての神話的英雄、著名人らが再考されることになる、ひとつの転換期にわれわれはいるのです。悲劇はこういった時期に生起しました。三人の悲劇作家が三日に渡って競い合い、そのうちの一人に賞が授与されるというコンクール形式を悲劇は採用しています。そのために、詩人と俳優の「演劇小屋」の紹介を任される、三人の市民が選任されます。彼らは、自分らが支持する詩人によって書かれた悲劇の、「演出」に携わる義務を持ちます。またこの選出と同じくして、コロスの長も別に指名されます。俳優と同様にコロスの長も普通の市民なのですが、彼らはプロフェッショナルの閾に直ぐに達することでしょう。コロスのメンバーは、シテの青年男子だけで構成されます。

コンクール用に劇団は、悲劇三作とサチュロス一作を発表しなければなりません。そして三日後に、優勝者が決まります。権利上のことがらについて審議する法廷と同様に、くじ引きで選出された数人の市民で審査員は構成されます。シテの名のもとで、賞の授与が決定される審査というものは、シテが機能する諸規範と完全に一致する、制度的革新の事実と言えます。

悲劇にともない、まさにシテ自身が、市民を前にして自らの役を演じていると言うことができます。それというのも壮大な一大劇は、全市民によって鑑賞されるからです。女性が鑑賞できたか否かについて、昔から議論がなされていますが、わたしは「できた」と考えております。非常に貧しかった者らも鑑賞できるために、まとまったお金を寄付することも、ギリシャ時代の後半では行われました。まさに社会体のすべてをひとつの場に集結させるという目的のために設立、構築されたということです。

悲劇は美学的革新でもありますよね?

事実、悲劇は新しい文学ジャンルの創造に影響を与えました。それ以前には、ホメロス、ヘシオドスなどの叙事詩、または抒情詩があります。しかしこういった詩は、純粋に聞かれるための作品であって、私的な会合やデルフォイあるいはオリンピアなどの大祭事において、読まれるためではなく聞き入れるために詩作されたものです。そこでは、詩人は伝説的英雄らの偉大な業績を謳うのです。

悲劇にともなってわれわれは、劇という何かまったく異なるものと関わりを持つことになります。人物像や話、神話なども同一のものなのですが、叙事詩人が英雄らの偉業を謳ったのに対し、悲劇において人々は、英雄らが偉業を達成することを舞台上で見ることになるのです。ここでは、あらゆるものが変化します。生身の姿で英雄らが群衆の前に、あたかも生きているかのように立っているのです。紀元前五世紀のアテネ市民は、アガメムノンを、クリュタイムネストラ、そしてオレステスが舞台上で散策している姿を見るとき、後の時代にわれわれが「演劇的幻想」と呼ぶものを体験することになります。もっともアテネ市民は最初から、それが遠近法・舞台装置が提起する問題とともに、企てられ仕組まれた一大劇であることを理解してはおります。フィクションであるという意識を前提にして生産するということを、悲劇は同時に行うわけです。

フィクションであるという意識はどのようにして作られたのですか?


非現実的あるいは異なったタイプの現実に属する「ファントーム」を捏造する、想像的なものについての一流行芸術が、一夜にしてぱっと現れることはありません。長い時間をかけじっくりと練られた芸術です。アテネにてそれは、演劇の舞台上にて作られることになりました。舞台芸術の突出は、身振りで真似ることmimemis・模倣することmimema・模倣mimeistaiという語のカテゴリーの出現に結びつけられます。悲劇では、何か起こったことを模倣することになるでしょう。制限された舞台空間があること、論理的・美的プラン上で固い絆で結ばれた行動を市民が見るべきであるということ、すべては行動の凝縮点があるということを結果になります。

そのために悲劇的空間の組織化は、非常に厳格なものになっています。悲劇とは、ちょうど卵のように充満しかつ自らに閉ざした、ある種の全体性、つまり空間と一定の時間性のうちに閉じ込められた、ひとつの世界とも言えるでしょう。

心理的動揺というものを悲劇において見分けますか?


そうですね。アキレスやユリシーズなどの英雄は、叙事詩のなかでは模範としてそのまま紹介されていますが、悲劇の舞台上では英雄が、彼とは異なる人物像や自らの行動にいかに直面しているかを再現するようになります。「どうすべきか?」と、英雄たちが自問するような場面があります。「行く手を遮る逆風を止めるため、そしてギリシャの名誉を回復しに出発するためには、娘イピゲネイアの生贄を命じることになるのか?それとも自分は愛娘を生かすのか?この場合、自分自身の存在の血、自らの血で手を汚すことはなくなる。しかしトロイア遠征が消滅することで期待が裏切られたことを、自分が率先する軍から糾弾されることは間違いない。」と、アガメムノンは自問しています。

ひとりの登場人物が陥るジレンマは、悲劇的行動の原動力であります。一切を賭ける決断を前にして、適切な行動をとるべき状況におかれている人間を悲劇は提示しています。そこで主人公は、自分にとって最善と思われる選択をすることになるでしょう。ところがその選択によって、いわば自己破綻へと向うことになります。なぜならば、彼のとる行為、それはわずかなものなのですが、想像していたものとはまったく異なる意味を帯びることになり、ブーメランのように自分に戻ってくることになるからです。上手く対処したと信じている人間は、怪物あるいは犯罪人として姿を見せることになるでしょう。人間は自らの行為の主人であると信じ込む幻想があると、悲劇はわたしたちに語っています。

悲劇的人物像は問題的存在なのでしょうか?


これは重要な点です。人間が問題的であるのは、---結果がほとんどいつもカタストロフであるにも関わらず、上手く対処したなどと信じ込んでいるのですが---適切な行動をとるような状況下に置かれているというだけでなく、罪を犯したかそれとも無実なのかを決定することが非常に困難であるという理由からです。人間と自分の行為とはいかなる関係があるのか?どの程度まで行動の主体であるのか?自らの行為は、後になってからしか理解できないような、別のエレメントの帰結ではなかろうか?こういった事実に対し、自分は無実なのか有罪か?罪悪感とは何か?誤りと無垢を取り違えていないか?人間の諸行動の背後には、ドラマ・犯罪・告発・哀悼が存在しているのではないのか?それというのも、テクスト自身が示すように神々が存在するあらゆる瞬間には、いつだって血が流れるからである。

世界・宇宙とわたしが呼ぶものは、単純な世界ではありません。それは曖昧かつ矛盾に覆われたもので、悲劇的シーンへと介入する神々ですらも分裂することになるからです。有罪判決を宣告することでなく、不明瞭な世界との関係において、人間とは何であるかを理解する困難を多く示すことが問題になっています。悲劇とは、人間と世界について、正しいものと真なるものについての、こういった問いかけの形式なのです。深淵たる両義性というものを、悲劇は表現しているのです。

オイディップスはこういった両義性のもっとも強烈な例ですか?


オイディップスは無垢ですが、それは罪ある以上に最悪のことです。彼は身の毛もよだつ汚点を遂行したのですが、自分の父を殺害するときには、実父であることを知りませんでした。したがって、正当防衛の状態にいたわけです。自分の母親に関して、彼は結婚し子供をもうけます。ソポクレスのテクストで語られるように、自らが出てきた溝に精子を植えつけるのです。要は近親相姦です。しかしながら、オイディップはこの婚姻を望んではおりませんでした。したがってここにも、彼の無実があります。

別の言い方をすると、勇敢、明晰、徳で満たされたテーバイを再建する同一人物が、町の救済者であると同時に怪物であるということです。彼には責任がないとされるこの奇怪さは、祖先から受け継いだ汚点の所業です。なぜでしょうか?それは、オイディップスが生まれぬべくして、生まれてしまったということです。彼の誤りは存在することです。その血統はオイディップスとともに途切れるべきだったのです。これはデルフォイ神託が、彼の父親に予言したことでした。オイディップスは、宇宙的・宗教的秩序の観点からは、何か存在することがなかったものであり、そのために数多くの不幸が彼に襲いかかることになるわけです。オイディップスは、同時に、勇敢な刑事-予審判事-犯罪者ということになります。それは、人間のもっとも高貴なところでもあり、もっとも非道なところでもあります。他者の眼差しが耐え切れなった彼は、もはや眼を自分でつぶすことしか残されませんでした。

悲劇的人間をどのように定義しますか?

悲劇的人間は、世界における一切の苦悩と一切の恐怖を、自らが背負う人間です。それ故に、観客は恐怖心と同情によって囚われると同時に、(アリストテレスの理論ですが)何か排出するものとしてこれらの感情は、浄化されるものとして見なされることになるでしょう。場所と時間の結合、悲劇的な筋立てによる緊張などの固有な規則のもと、上演による再現前化といった間接的な方法によって、人間的「脆弱さ」というものが、それに美をもたらすエレメントを与える光学装置のもとで表現されるということです。哀れみと混淆した恐怖という、ひとが体験する感動は、リズムと詩の力によって浄化されたものになるのです。なぜならば、日常的生活あるいは個人的経験とは別のプラン上へと、この力は移行されるからです。

アリストテレスが言うように、そういった力が悲劇的な一大劇に生成変化します。諸々の出来事の連鎖がいかなる点において蓋然的であり必然的であったかを、それは示すことになります。こういった連鎖の筋立てを、あらゆる瞬間に際立たせる目的から舞台演出されるということが、精神に対し何か非常に満足されるものを付与することになります。衝撃を受けるが幸福でもある、いわば浄化されたところから脱するのを可能にする、運命と悲劇的問題提起の知性があるのです。

なぜ悲劇は、今日においてもわれわれを魅了するのでしょうか?

悲劇の現代的な有効性を再認しようとし、悲劇を歴史的に位置づけようとするパラドックスが実際に存在します。ギリシャ悲劇は、たんに楽劇や文学の一ジャンルの考案ではなく、悲劇的人間を全面に打ち出しています。それは引き裂かれた人間を考案し、自分が思っていたこととはまったく異なるものであったと、後になってから理解するような自らの行為に人間が自問することです。そのことが、われわれのうちで反響し続けることなのです。四半世紀来、舞台演出家や若い世代も含めた大衆が、挙ってこの劇に足を運んでいるということは、ギリシャ的文化世界とは距離が広がる一方で---ギリシャ語を学校で学ぶことはほとんどありません---、悲劇のメッセージが理解できるように再びなったからなのでしょう。

二十世紀初頭のように、歴史的にも人間が悲劇などまったく必要としないとような楽観的な時期はあります。しかし、1914年の戦争、39-45年の戦争やナチス、強制収容所によって、西洋は粉砕されることになります。ドイツのような文化レベルの高い国が、考えも及ばないようなもののなかに陥りました。とてつもない科学的・技術的進歩は、デカルトが望んだように、われわれを「自然の主人と所有者」の座に就かせると同時に、いつ何時でも大惨事が起きてもおかしくないという感情を与えています。こういった状況のなかで、ギリシャ悲劇が任意のコンテクストのうちで実践する問いかけの多くは、ものすごい現代性をもって反響しております。オイディップス王、またはアンティゴネを見に行く若者が、自分らにも無関係でないものとして感じないことは不可能でしょう。彼ら自身が今まさに自分は何であるのか、自分の存在意義はどういうものなのかを問いているからです。

これまで最も感動した演出は?

まずは、アリアンヌ・ムヌーシュキンのものです。彼女のオレステスを見たとき、本当に圧倒されました!それとベルナール・ソベルのものは見事です。それというのも、つねに過去と現在の往復運動があるからです。

お気に入りの悲劇は何ですか?


これは引掛け問題ですね!もちろん、オイディップス王ということになります。非常に多くのものが隠密に推敲された作品です。あたかもソフォクレスが、「朝には四本、昼には二本、夜になると三本足になる動物は?」という有名な謎々でもって、悲劇がどういうものであるべきかを暗示しているかのようです。動物には四足か二足のものしか存在しません。年齢とともにその本性を変える唯一の動物は、人間だけです。ハイハイする子供は、二足で直立する成人とは異なりますし、また三番目の足としての杖で支える老人との関係でも異なります。

オイディップスは、これらの三つの時間を接合しようとする作品です。それは、成人であるがゆえ二本の足を持っているのですが、自分の子供らの兄弟であるがゆえに四本の足を、さらには実父と同じように三本の足を持っているというわけです。つまりそれは、怪物ということになりますが、それというのも彼が人間の比類なき本性を構築する三つの段階を、自らの生のうえで転回させるからです。苦悩によって人間に再び戻ることになるのですが、彼が理解することは、理解不可能であるということです。つまり、エウリピデスのバッコス信女も好きだということになります・・・
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2007.01.12[Fri] Post 09:05  CO:0  TB:0  ル・モンド  Top▲  このエントリーを含むはてなブックマーク 

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